明けない夜(BW2:外伝2)


「ケットちゃん」

いつも見る、小さな後ろ姿に声をかける。
時計の針が日付けが変わったことを静かに伝える、そんな時間。

「…イーズか」

カスケットは振り向くなり不機嫌そうに答えた。
彼が一人でふらふらと何処かへ出かけるのはよくあることで、いつもなら私はこんなふうに引き止めたりなんてしない。だって彼は大人だもの。見た目は十代前半であるこの幼い少年は、想像もつかないほど気の遠くなるような長い年月を生きているのだ。
思いもしないでしょう。こんな小さな子が、私よりずっと年上だなんて。

「あのね、あまりよく眠れなかったの。それでホットミルクでも飲もうと思って」
「…そう、か」

パコパコと、スリッパが廊下を叩く音。彼の隣に並んで、じっと顔を見つめる。お面越しから覗くその顔は、先程よりも怪訝そうにこちらを見上げた。

「なんだ」
「…どこ、行っちゃうの」

どうしてだろう。まるで親に置いて行かれる子供の様にか細く頼りない声しか出てこなかった。
違う、それを聞きたかったんじゃない。肝心の一言が、喉元でつっかえて出てこないんだ。

「…波の氾濫を止めないといけないんだ。お前が眠れないのも多分その影響だろうな」
「夢の世界…」
「そうだ。以前話しただろ」
「…それも、あの人のため?」
「…まあ、な」

カスケットは黙り込んだ。
ぶっきらぼうで荒っぽい一匹狼の様な彼にも、この世界で唯一慕っている人物がいるのだという。いや、この世界、というにはあまりにも現実からかけ離れた場所だが。
夢の世界。その世界を司っていた王のたった二人の従者。彼はその一人なのだと、以前私に話してくれた。これを知っているのは、私と一部の弟子の子だけなんだとか。
その王様はもういない。その人の代わりに、彼は今までずっと一人で夢の世界を守り続けてきたのだという。そして今も、突然起きた夢の波の氾濫を抑えるために、たった一人で私の手の届かない場所へ行こうとしている。
いくら首を振っても一抹の不安は消えようとしてくれなかった。胸騒ぎがするのだ。考えたくもない最悪の事態ばかりが脳裏を過ぎってどうしようもない。
行かないで。そう言えば、彼はどんな顔をするだろう。

「…心配しなくても、メルティーに言えば少しは眠れるようにしてくれるはずだ。明日の活動に支障が出る、もう寝ろ」
「…ケットちゃんは…」
「俺は行く。もう、時間が無いんだ」

私に彼を止める権利なんてあるのだろうか。そんなもの、わかるはずがない。
行かないで欲しいと願うのは、つまらない私の傲慢だ。何も告げずに出て行くことを許せないと思うのは、その裏に隠された優しさを受け入れられない私の幼さだ。
でも、それでも。

「ケットちゃん!」

扉から出て行こうとするカスケットを叫ぶように呼び止めた。
喉元でつっかえていた言葉はゆっくりと、震える声で情けなく紡がれる。

「また…明日、ね」
「…悪い、イーズ」

ぽつりと一言、その言葉だけを残してカスケットは夜の向こうに消えてしまった。
開けっ放しの扉から吹き抜ける冷たい夜風が頬に触れる。
残された静寂に、私はただ涙を流していた。





明けない夜
(夢なら早く覚めてよ)





×××××××××××××××××

外伝その2。
カスケット(デスカーン♂)とイーズ(タブンネ♀)のお話。
本編から二年前のある夜の出来事。


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