後ろ前パラドックス(ジョウト組)

※流血注意



三年前のある雨の日のことだった。
シャルロの容態が少しだけ良くなり、担当医から外出許可が出た日、何故か彼女はいつもより機嫌が良かった。
窓辺に降り注ぐ雨粒を眺めながら「外へ行きたい」なんてシャルロが言った時は、さすがに最初は全員で止めようとした。こんな中で外に出たら風邪を引いてしまう、と。
しかし、医師が言うにはシャルロの外出出来る日は今日しか無かった。次の日やその更に次の日には彼女はもう外へは出られない。
理由はわかっている。なのに、それを彼女に告げる勇気なんてあるわけが無かった。

「外、晴れてれば良かったのにねぇ」

と、ペルーシャが窓の外を眺め愚痴を零す。それを隣で見ていたシャルロは仕方ないよ、とだけ言って笑った。





俺とイマユリとペルーシャが付き添いで、シャルロを外へ連れ出すことになった。
何処へ行きたい?と聞けば、3人の楽しい場所、なんていう返答に俺達が頭を抱えることになったのは言うまでもない。
そのため外出する時間が昼過ぎになってしまったが、シャルロはあまり気にしていない様子で、むしろるんるんと歌を口ずさみながら病院の廊下を歩き回っていた。本当に今日は機嫌が良い。
俺達4人は病院から少し離れた場所にある小さな公園に来ていた。まだシャルロが元気だった頃、よく4人で此処で遊んでいたものである。
…が、シャルロは公園に来たなり驚いた様子で突然辺りをキョロキョロと見渡し始めた。

「…ない」
「シャルロ?どうしたの?」
「ねえ、此処にブランコなかったっけ?ほら、確かこの辺りに」

シャルロが指差す先にあるのは、ブランコではなく土管の山であった。
そういえば、と俺は数年前のことを思い出す。
この公園は、近くに工場が建てられるという理由で、その工場に半分近く土地を買収されてしまったらしい。
元々ある貴族が子供達のためにと用意した小さな公園は、更に規模が小さくなり、シャルロがお気に入りだったブランコはその時に取り壊されてしまったのであった。
事情を説明すると、シャルロはとても悲しそうにブランコがあった場所を見つめていた。

「好きだったんだけどなぁ…あれ…」

公園にシャルロを連れて来たことを、俺はこの時少しだけ後悔した。もっと別の場所に連れて行ったほうが良かったかもしれない。
気を取り直すために次の場所に行こう、というイマユリの提案で、俺達は公園を出ることになった。
俺達が公園を背にして歩き始めても、シャルロだけはずっとその場所を見つめていた。





シャルロは随分と気が滅入ってしまったらしく、その後何処へ行ってもずっと項垂れたままであった。
途中彼女の体調を考え、俺達は小さな喫茶店で休憩をすることに。
そこで事件は起きた。

「デスト!イマユリ!!」

シャルロと席を外していたペルーシャが突然戻ってきたかと思えば、その顔は真っ青だった。何事かと思い、動揺する彼女に尋ねる。

「どうしたんだよいきなり…」
「しゃ、シャルロが…シャルロがいないの!ちょっと目を離した隙にいなくなっちゃって…アタシどうしたら…!」

泣きじゃくるペルーシャをイマユリが慌てて宥める。
シャルロには俺達の傍を離れるなときつく言っておいたはずだ。だからこんなことが起きるなんて誰一人として予想していなかった。
ある不安が脳裏を過ぎり、イマユリに彼女を任せ、傘を片手に俺は外へ飛び出した。





シャルロは喫茶店のすぐ近くの、車通りの多い路上の近くをフラフラと歩いていた。その視線は定まらず、立ち並ぶ高い建物を何処ともなく見回している。
俺はシャルロに追い付くとすぐに名前を呼んで腕を掴んだ。
いきなりのことに目を丸くしたシャルロの顔には、雨に濡れた髪がぺったりと張り付いていた。傘も刺さず外に出たらしい。

「デスト…?」
「な…何してるんだ馬鹿野郎!一人で出歩くなってあれほど…!」
「ねえ、外…随分変わっちゃったね」

俺の話も聞かずにシャルロはそう言った。
我に返り、一緒に建物を見上げる。この辺りも、昔4人でよく遊びに来ていた。
此処は昔なんだったっけな。古いアーケード街だった記憶はあるけれども。

「アーケード、壊されちゃったの?私の好きだった果物屋さんも、無くなっちゃってるね」
「あ…」

アーケード街が閉鎖されたのは6年前のこと。それからアーケードが取り壊され、車道が工事し直され、店は全て入れ替えになった。
当然、彼女の言う果物屋もその時に閉店してしまったのだ。気前の良かったあの店主も、今は何処で何をしているのかなんて知る由も無い。

「変わっちゃった…私が閉じ込められていた10年で、何もかも変わっちゃった…」

シャルロは4歳の時に不治の病にかかり、病院生活を始めるようになった。
10年間も白い牢屋に閉じ込められて来た彼女は、もうすぐその人生に終わりを迎えることになる。
医師からそう告げられた時、俺は頭が真っ白になった。彼女が何をしたというんだ。まだ大人にもなっていないこの少女は、身勝手な運命に翻弄されて命を失うことになってしまうというのか。
そんなこと、許せるはずがなかった。
大切な幼馴染。昔から一緒の、妹のような存在。そんな彼女が今目の当たりにしているのは、奪われた10年という長すぎる歳月。
俺達にとっては当たり前のように過ぎた10年は、彼女にとっては大きすぎて、そして重すぎるものだった。
「帰ろう」と傘を手渡して優しく声をかける。
彼女は下を向いたまま、小さく頷いた。





交差点に差し掛かり、赤になった信号と目の前を忙しなく走る車をぼんやりと目で追う。隣の小さな彼女が何処かへ行かないよう、俺はしっかり手を繋いでいた。

「…デスト」

消え入りそうな声で、シャルロに名前を呼ばれた。
雨で濡れた髪はだいぶ乾いてきており、彼女の長い髪がふわりと揺れた。

「10年間…貴方は何をしてた?」
「…え…」
「皆、きっと景色が変わったことを当たり前だと思っている。だって此処にくるまで、私以外の誰もこの様子に驚かなかった。公園だってそうだよ…あんなに小さくなって、色んな物が消えちゃった…」

繋いだ彼女の手に力がこもる。シャルロは涙を流すこともなく、しかし何処が悲しげに続けた。

「私…何してたんだろうなあ…皆、成長してるのに…私の時間は、10年前で止まったまま動いてなかったんだね」
「そんなこと…!」

これ以上、そんなことを言うのはやめてくれ。
そう叫んで彼女の肩を必死に掴む。何故か涙を流していたのは俺の方だった。
信号が青になる。行き交う人々の中にポツリ、傘を落とした二人は佇んでいた。

「どうして、デストが泣いてるの?」

優しいんだね。俺の頭を撫でるシャルロの手はひどく冷たかった。
違う。俺はお前のために何も出来なかった。何もしてやれなかった。
毎日病室に足を運んだ。色んな話を聞かせた。それだけだ。
それ以上のことを何一つしてやれなかった自分が、今になってひどく情けなく感じた。

「顔を上げて」

私を見て。シャルロはそう言った。
ゆっくりと顔を上げると、シャルロは出かけた時の様に笑顔でそこに居た。
しかし、その笑顔は最初とは何かが違っていた。

「私、皆からたくさんのものを貰った。でもそれ以上に、たくさんのものを失った」
「シャル…」
「いいの。どうせ私、もうすぐ死ぬんだから」

シャルロは肩を掴んでいた俺の腕をゆっくりと降ろす。

「今日はね、全部終わりにするために外にきたの」
「…え…」
「私…きっと幸せだったよ。ほんの一瞬だけ」

だからね、とシャルロが無邪気に笑う。彼女の声と雨音が重なり、何も聞き取れなくなってきた。

「もう、疲れちゃった」

信号が点滅を始める。それすら気づかずに、俺はシャルロをただ見つめていた。

「幸せになってね、デスト」

サヨナラ。

赤信号と、エンジンのかかる音。その中に、シャルロは俺を置いて飛び出して行った。
直後、何かがぶつかる音と、誰かの悲鳴。
呆然と彼女が佇んでいた場所を見つめていた俺は、恐る恐る横断歩道の方をに目をやった。
黄緑色の髪と、彼女がお気に入りだった白いワンピースは真っ赤に染まっていた。
白線の上に無造作に転がるそれは、変わり果てた幼馴染の姿で、俺は涙を流すこともなく目の前で起きたことを理解出来ずにいた。

雨音だけが、何も知らないかのように彼女を見捨てた世界に鳴り響いていた。






後ろ前パラドックス
(その後のことを、俺はよく覚えていない)





×××××××××××××××××

デスト(エルレイド♂)と幼馴染組の話。


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