冷たい夏(ジョウト組)



肝試しをやろう。

そんなミコトの一言がはじまりだった。肝試しはあまり好きではない。
恐怖と不安によって内側から暑さを忘れるという、誰が考えたのかもわからない滑稽な遊びだ。実際、身体的にはそんなに涼しさを感じないのではないだろうか。
…なんて言ったら発案者のミコトに怒られる気がして、俺は口を噤んだ。

「なあ、ツユ」

エンジュシティの隅にある、小さな墓場。蝋燭を片手に少しずつ消えて行く影をのんびり目で追いながら、ツユは自分の順番を待っていた。ジャンケンで負けたせいで一番最後なのである。最悪だ。
不機嫌さがあまりに顔に出ていたのだろうか、主催者のミコトが心配そうにこちらの様子を伺ってきた。

「もしかして嫌?肝試しとか」
「え…あー、そうだな。正直あまり好きじゃねぇ」
「ありゃ、そないなら最初から言うてくれればよかったんに」
「だってなぁ、他の奴らは楽しそうにしてたし」

あのロロですら、今回の肝試しは珍しく意気込んでいた。普段こんなイベントには極力無関心な彼だ。思わず熱があるのではないかと疑ってしまった。

「本当、度胸試しとか好きやなぁ」 
「ところでミコト、お前主催者なのにこんなところにいていいのか」
「ウチはええんよ。他に脅かし役頼んでありますから」
「ふぅん…」

気がつけば、スタート地点にはもうツユとミコトしか残っていなかった。全員墓場に入って行ったのだろう。
…それにしても妙だ。

「誰一人として叫んでないな」
「おかしいなぁ…これでも皆怖がるように色々考えたつもりなんに…」
「お前、もしかしてコンニャクとか吊るしたんじゃないのか」
「まさかぁ。そないな簡単な仕掛けは…」

静寂が一瞬にして打ち砕かれた。少女の悲鳴が墓場に響く。あれはジュジュの声だ。しかし、たかが肝試しで驚くには大袈裟すぎる劈くような声である。
ジュジュと一緒に墓場に入って行ったのは、弟のロロだったことを思い出す。

「ちょ、ツユ!?」
「ちょっと様子見てくる!あの叫び方普通じゃねぇだろ!」

ミコトが止めるのにも関わらず、ツユは蝋燭も持たず墓場へと走って行った。



「おいジュジュ!何があっ…」

ツユは思わず息を呑んだ。
墓場の随分と奥、広けた場所に、ロロが横たわっていた。その隣でジュジュがぺたりと座り込んでいる。

「おい…何があったんだよ…」
「ろ、ロロが…いきなり倒れて…返事もしなくて…違うの!それだけじゃないの!皆、此処で…此処に来て、死んじゃったの!死んで、それから、それから消えて…」
「お、おい落ち着け…!」

何を言ってるんだ彼女は。泣き叫ぶジュジュを宥めると、ツユはうつ伏せになっていたロロの向きをくるりと変えた。
ロロの表情はまるで眠っているかのように穏やかで、握った右手はいつもより生温い。
最悪の事態が脳裏を過ぎり、身の毛がよだつ。
こんな笑えない冗談は勘弁だ。

「なぁ…オイ、嘘だろ…ロロ、起きろよ…起きろよ!」
「その子はもう死んでますよ、ツユ」

聞き慣れた声が、ツユの後ろから聞こえた。振り返ると、そこにいるのはいつもの笑顔を浮かべる親友だった。

「ミコト…?」
「肝試しってのは、その名の通り、肝を試す遊びや。いつの時代でもこの遊びはあったんです。面白いなぁ、どんなに時が流れても生き物は変わらへん」
「何、言って…」
「肝を試す…じゃあ試して耐えられなかった場合、ここは…どうなると思います?」
「…まさかお前が…!」

ミコトは胸に手をあてる素振りを見せる。仕草も雰囲気もいつもと変わらないのに、彼の行動一つ一つに恐怖を感じる。

「言ってませんでした?ウチは百鬼夜行の主なんですわ。だから、夏の晩には誰かを鬼に捧げないといけへんのや」
「仲間なんだぞ!?」
「…誰だろうと死んでしまえば同じ、やろ?」

全く動じることもなく答えるミコトを見て、今まで築き上げてきた何かが音を立てて崩れたような気がした。思わず気が動転しそうになる。
隣のジュジュはもう何も喋らなくなっていた。

「んー、でもツユは…ウチの親友。後はどうでもええかな」

だから、とミコトは天を仰ぐ。真っ黒な穴が空間を裂き、中から無数の黒い手が伸びてきた。

「…っ!?」
「ツユだけは、生きててほしいなぁ。生きて生きて、誰もいない世界で生きて、そしてたくさん苦しめば、死んだ時一緒に鬼になれるやろ?」

とても素敵な考えだと思いません?ミコトはそう言って、楽しそうに踊った。
黒い手がじわりじわりと辺りを這いずり回りながら、こちらに近づいて来る。気がつけば握りしめていたロロの手は冷たくなっていた。
夏なのにこんな体温低くて大丈夫なのか。熱中症じゃないのか。蝋燭なんて持ってこんな場所走り回っていたからだ。
ああ、なんで今こんなこと考えてるんだろう。
ジュジュももう動かない。気持ち悪いなぁ。何もかも。
生温い空気が身に染みて、吐き気がこみ上げてくる。なのにとても寒いと感じた。

黒い腕が三人を包む。ツユはもう何も考えることができなかった。





冷たい夏
(あるかもしれない未来の話)


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