氷の予兆(BW2:外伝1)


ミスター・グレイブが失踪して一年、その後親友が後を追うように忽然と姿を消してもう半年近く経った。
窓の外の晴れた空を意味もなく眺めながら、平穏に流れる日々を疎ましく思う。

「気になるなら探しに行きなよぉ」

リビングの机の上に置いてあったお茶菓子を勝手につまみながら、ペンディは気の抜けた声でそう言った。その台詞を聞いたのはもう何度目だろうか。

「だったらお前が行ったらどうだ?ミスター・グレイブのこと、心配なんじゃないのか?」

えー、ボク?と、重力に逆らった紫の髪が炎の様に靡く。

「そりゃあカスケットのことは心配だけど…ボクはいいかな。だってもう何人も探しに行ってるんだよ?見つかるわけないのにねぇ」

彼女は別に捜索を諦めてこう言ったわけではない。けれど、あまり聞いていて快い返答には思えなかった。
カスケット…通称ミスター・グレイブは、一年前突然起きた現実と夢が入り混ざる「夢の波の氾濫」を抑えるため、急に姿を消した。誰に何を告げることもせず、たった一人で。
それを知った一番弟子のある少年が、彼を探し回り、そして同様に半年前から行方を眩ませてしまったのである。それは、自分にとっても大切な人物であり、数少ない親友の一人だった。
彼を探したい気持ちが無いわけがない。しかし、夢の世界なんてどうすれば行けるというのか。眠っている時に自由に意識を操作出来ればきっと可能なのだけれど、生憎ズルズキンという種族はそんな能力は持ち合わせてはいなかった。
ましてやミスター・グレイブが住み着いているのは、人々の意識の最下層にある「夢の墓場」だという話だ。そこへ行くたった一つの手段をペンディから一度聞いたことがあるが、どう足掻いても自分には不可能な方法だった。
俺は何もできないままぼんやりと過ごす日々が憎く、同時に何も知らないまま毎日を過ごす街の人々すら恨めしく感じるような生活を送っている。いい加減気が狂いそうだ。

「ウバ、いらっしゃいますか?」

二人しかいなかった静かな空間に、コンコンと扉を叩く音。俺より先に動き出したペンディが開いた扉の先には、ダリルとジーニスが立っていた。この二人が訪れるなんて随分と珍しい。

「なんだ、珍しい組み合わせだな」
「ええ、ちょっと。そこでジーニスとたまたま会ったのでついて来てもらったんです」
「…散歩がてらに、な」

ジーニスは相変わらず眠そうに欠伸をしている。こいつは友が居なくなったというのにペンディと一緒で焦りもしない。全く不愉快で仕方なかった。

「で、俺に何の用?」
「貴方の知人から手紙を預かって来たんです。先日会議に出た兄さんが受け取って来たのもで…」
「手紙?」

ダリルが差し出した白い封筒には、見覚えのある名前が小さく書かれていた。それを見て、思わず嫌悪感剥き出しの溜め息が零れた。

「…エリスからかよ…」

それは何年も前、共にイッシュ地方を旅した仲間からの手紙だった。
本来ならば久しぶりの連絡には喜ぶべきところなのだが、俺の場合はそうもいかなかった。なにせ彼女…いや、語弊があるからやめておこう。エリスという愛称で呼ばれている、今はセイガイハシティでギルドをまとめているエルミレスには、散々男女関係に対しトラウマを植え付けられてしまったせいで、何年かぶりの近状報告にも半分複雑な心境で封を開いてしまうことになった。

「何だよ急に…」

手紙の文面は至って淡々としていた。しかし、その内容に思わず息を呑む。

「…ジャイアントホールの…研究所…?人体実験…?」
「あ、それボクも知ってるよ。ジャイアントホールに研究所があるって噂でしょ?そこで色んな実験が行われてるんだって」
「なっ…なんでそんな大事な話教えてくれなかったんですか!」
「ええー、だって確証無かったし…ボクだって最近聞いた話だよぉ」

ダリルに怒鳴りつけられ、ペンディは珍しくしゅんと落ち込んでいる。
手紙の内容にはこうだ。
数ヶ月前から、カゴメタウンで人攫いが相次いで起きるという事件が続いていた。その原因を探るべく、カゴメタウンに一番近い、我々セイガイハギルドの一同が調査に乗り出した。
調べを進めて行く内に、セイガイハギルドのメンバーはジャイアントホールに巨大な研究所が存在することを知った。また、此処では攫った人を使い人体実験が行われていることもわかった。
ジャイアントホールに立ち入ろうとする人間は殆どいない。たとえ入ったとしても、生きて帰れる保証は無いに等しいからだ。氷に覆われたあの土地には、大昔から化け物が住み着いているという伝承がイッシュ地方には伝わっていたはずだ。
そんな場所がどうして今になって使われるようになったのか。もしかしたら一年前に起きた夢の波の氾濫が原因なのではないのか。だとしたら、貴方の親友もこの一件に関わっているのではないだろうか。
そう思い、私は手紙を貴方に送ることにした。きっと貴方は何も出来ず歯痒い思いをしているのでしょう。少しでも貴方の力になれればいいと、私は願っています。
…ここで手紙は終わっていた。

「…あのお節介…」

随分と律儀なことをしてくれるものだ。
手紙を握り締め、自然と口角が上がった俺を見て、ダリルが苦笑を浮かべた。

「やっぱり、探しに行きたかったんですね」
「…そりゃあ」
「心配だったんだねぇ…」
「…まあ」
「ウバってば可愛いー」
「うっせぇ」

ペンディはいちいち一言多い。
とにかく、とダリルが咳払いをしてその場をまとめる。

「ジャイアントホールに向かうのでしたら、我々ソウリュウギルドも協力します」
「…いいのか?」
「ええ。これが本当ならイッシュ全土に関わる大事件ですし…それに…」
「…それに?」
「…困ってる友人を、放っておくわけにはいかないでしょう」

ダリルのその一言に、ペンディとジーニスもこくりと頷いた。
…言葉の力とはなんと偉大なものか。なんだか照れ臭くなって、思わず顔を背けた。

「…ウバ、照れてる」
「違う」
「きゃーウバってばなんなの今日超可愛いよー!!」
「ペンディてめぇ!いい加減にしろよ!?」
「いやー怒っちゃ怖ぁい」
「まあまあ、二人共落ち着いてください」

玄関越しで喚く三人を、眠たそうな目でジーニスが眺める。
しかし急にピタリと表情を強張らせ、慌てて外を振り返った。その異変に騒いでいた三人もピタリと静まる。

「…ジーニス?」
「…寒い…」
「え…そうですか?気温そんな変わってないと思んですけど…」
「…これ、見て」

ジーニスが庭先の花を指差した。そこには、ダリルの妹のグローリスが勝手に植えていった花が並んでいた。
しかし、今朝方まで明るい桃色だった花弁は真っ白に色を失い、まるでそこだけ空間が捻れたかのように凍り付いていた。

「なっ…なんだこれ…凍ってる?」
「ひどい…誰がこんなことを」
「…近い」
「ジーニス、どうしたの?」
「…来る」

ジーニスが睨みつける様に見上げた空は、先程とは違い灰色に変わっていた。その遥か上空、ピシピシと辺りが軋む音と共に黒い影が浮かび上がっていた。
大きな羽を生やしたその影は、嘲笑うかのようにソウリュウシティに黒い光を投げ込んだ。





氷の予兆
(誰かが言った。
目を落とさないようにね、って)





××××××××××××××××

B2一軍のウバ(ズルズキン♂)と、ソウリュウシティに暮らす仲間の話。
アルアがヒウンシティに向かう三日前の出来事。



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