3.兄と妹

『アスタリスクループで人生を変えた人、また出たらしいよ』

『あれって誰でもできるの?ねえ誰か教えて(>_<)』

『いやー無理じゃね?なんかぞろ目でサイトアクセスできた奴だけって聞いたぞ』

『ぞろ目とかwwwどんな確率だよwwww既にアクセス数何桁いってると思ってんだよwwww』

『しかもどの数字かもわからないらしい()』

『とりあえず気になるから誰かURL教えろ。ちょっと人生変えてくるわ』

『おいお前ら早く現実帰ってこいよ』



「雪那ー!いるー!?」

部屋の扉を叩く音で我に返る。ベッドに横たわり液晶画面と睨めっこをしていた雪那は、視線を変えないで扉の向こうの声に言葉だけ返した。

「あー、いるいる」
「入るよ?いいね?」

許可無しに勝手に部屋に入ってきたお決まりの侵入者にはもうすっかり慣れてしまっている。視界の隅で動く黒い影に見向きもせず、相変わらず画面と向き合っていた雪那は布団の上で寝返りを打った。

「何しに来たんだよ杏」
「ちょっと見せたいものがあっ…あー!これ僕のゲームソフトじゃん!無くしたと思ってたら雪那が持ってたの!?サイテー!!」
「ちゃんと借りるって言った」
「いつ!?」
「杏が嫁とランデブーしてる時」
「二次元と交流してる時に三次元の声が聞こえるわけないでしょバカ!!」
「はあ、うるさい。クリアしたからもう返すよ」
「もう…雪那のバーカ!」

相変わらずぎゃんぎゃんと喧しい妹である。自分とは性格が正反対のこの少女との唯一の共通点と言えば、趣味が似通っているということだけだろう。むしろそれ以外何も思いつかない。

「で、見せたいものって?」

視線は移さない。しかしゲームの詫びに話くらいは聞いてやることにした。杏は雪那の横たわってるベッドに腰掛けると、自分のケータイを取り出し弄り始めた。

「ほら、これ見て」

そう杏が見せてきた彼女の赤色のケータイの画面には、真っ黒な背景のサイトが映し出されていた。目立った装飾はほとんど無い、まるで初心者が作ったような形式のページだ。上の方に灰色の文字で「アスタリスクループ」と書かれており、その隣には小さなアクセスカウンターが設置されていた。

「…アスタリスクループ…なんか前に言ってたな、お前」
「今クラスで話題になってるから気になって調べたんだー。結構簡単にサイト出てきたから拍子抜けしちゃった」
「今日梓からも少し聞いたけど…人生変えれるとかいうくだらないやつだろ?」
「そうそう…でもさあ、サイトの作りも残念だし…都市伝説みたいなやつを誰かが広めただけだったのかなぁ。でもネットでもすごい騒ぎになってるんだよこれ。ただのガセネタならこんなにアクセスされないって」

確かに、アクセスカウンターは驚異的な数値を示している。ちなみに杏はぞろ目ではなかったらしい。

「面白そうなネタ久しぶりに拾ったのになぁ、がっかり…」
「なに、お前人生変えたいの?」
「うん。二次元の住民に生まれ変わりたい」
「人生変えても無理だ諦めろ」
「やめて…僕にそんな現実突きつけないで…つら…こんな世界僕が壊してやる…」
「厨二乙」

こいつの夢は一生かかっても叶いそうに無さそうだ、と非常に残念なものを見る目で彼女を見ていた時、雪那は唐突に夕方の出来事を思い出した。

「…そういえば」
「ん、どしたの?」
「今日変な奴にあった」
「変な…なに、ナンパ?雪那ちゃん遊びましょーってやつ?」
「なんかそれに近い」
「え…えっ!?や、やめてよ雪那それどういう…はっ!雪那は受けなの攻めなの!?どっち!?」
「お前はなんの話をしている」

一人で暴走を始めた妹は視界から遮断することにする。ついでに耳も塞ぐ。

「で、そいつがアスタリスクがどうこうって話をしてたんだよ…何だったんだろうな、俺のことも知ってたみたいだし…」
「…夜道には、気をつけてね雪那…とりあえず僕がカメラ持ってくまで待ってて…」
「妄想癖黙れ早く寝ろ」
「寝ません!これからアシュリーちゃんと久しぶりにランデブーしてくるんだから!」
「誰だよそれ。何人目の嫁?」
「まるで僕が不埒な奴みたいな言い方するのはやめてください。今やってるゲームの隠しヒロインだよー。二周目でようやく会えるの。もう可愛すぎてつらい」
「お前の人生辛いことだらけだな。せいぜいのたうち回って生きろ」
「そうします先生…僕生きる…」

そう言いながらふらりと立ち上がると、ゲームソフトを片手に杏は部屋から出ようとした。

「…なあ、杏」

呼び止められた声に、杏は立ち止まった。なあに、と気の抜けた声で雪那の方に向き直る。

「もし…人生変えられるなら…あの日も全部リセット出来るのかな…」

くだらない質問を投げかけた。そんなことはわかっている。けれど、数少ない理解者に本音くらいは聞いてもらいたかった。
杏はしばらく黙り込んでいたが、やがて頼りない声でこう返事をした。

「もう、セーブされちゃってるから無理だろうね」
「…そっか」
「明日、彼に会いに行くんでしょ?僕もついて行くよ」
「…珍しいな」
「だって、そんな顔の雪那だけで行ったら、絶対あの人悲しむもん」

杏のその一言に雪那は思わず目を丸くした。被っていたつもりの仮面の内側は、やはり杏には全てお見通しだったらしい。
情けない兄だなぁ、と杏は笑った。
そうだな、本当に情けない奴だ。

「おやすみ、雪那」
「…うん、おやすみ」

扉がゆっくりと閉まる音を聞きながら、雪那は再びベッドに潜り込んだ。



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