2.夕焼けの公園


9月に入ったとは言え、まだ夏の気配が残るこの時期は外を出歩くのが些か辛い。じんわりと頬を伝う汗を袖で拭い、雪那は真昼の学校を後にした。
学校を途中で抜け出すのは別に今日に限ったことではない。興味の無い授業、嫌いな教師が受け持つ時間、それから自分がその場に居ても意味の無い空間、それらは皆、雪那にとっては意味の無いものだった。無論時折度が過ぎると母親が呼び出しを食らう羽目になるので、そんな頻繁にはやってはいないが。
雪那はケータイの画面を一瞬だけ点灯させ、時間を確認する。デジタル時計はちょうど13時を示していた。

「別に急いで帰る必要もないな…」

今日は家に誰も居なかったはずだ。とは言え、帰っても寝るだけならもう少しマシな暇潰しを考えよう。
そう思い、雪那はくるりと歩き出す方向を変え、大通りへと向かって行った。





古本屋で意味もなく漫画を読み漁り、ゲームセンターを徘徊し、コンビニに立ち寄って飲み物とお菓子を買い終わった頃には、空はもう橙色に染まっていた。

「杏、帰ってるかなぁ…」

ペットボトルの中で揺れる炭酸飲料を一気に半分ほど飲み干すと、雪那は帰路を急いだ。そろそろ妹の杏が帰っている時間である。あまり帰りが遅いといつも彼女にこっぴどく叱られるのだ。たまに自分の不甲斐なさにどちらが年上なのかわからなくなる。切ない。

「……?」

道中差し掛かった公園の近くで、突然、カラコロと木製の何かがぶつかるような音がした。いや、ぶつかるというのは語弊があるかもしれない。それは随分と整った、打楽器のような音だった。
雪那は足を止め、公園に目をやる。幼い頃は、この公園には色々な遊具が置いてあった。大きなアスレチック、滑り台にブランコ、ジャングルジム。子供達はいつも此処で日が落ちるまで遊んでいた。
しかし、雪那が中学に上がってから久しぶりに訪れた時には、もうブランコと滑り台しかこの場所には残っていなかった。あんなに居た子供達も神隠しにあったかのように皆消えてしまった。…違う、皆成長してしまっただけだ。ただそれだけの話だ。
…何をくだらないことを思い出してるんだろう。

「なあ、お前高校生?」

唐突に背後から声をかけられ、雪那は思わず飛び上がった。条件反射でその場から数歩遠退く。振り返ると、自分と同い年くらいの茶髪の少年がケラケラと笑っていた。右手に持っている鳴子がカラコロと音を立てる。どうやら先程聞いた音は彼の鳴子の音のようだった。

「い、いきなりなんだ…」
「だから、高校生?」
「はあ…?…まあ、そうだけど」

この近辺の学校の制服を着てるのにわからないのか。もしかしたらこの辺りの地域の人間では無いのかもしれない。雪那自身、彼とは初見であった。
茶色の長髪が夕日に照らされて鮮やかに揺れる。この年でこんなに髪を伸ばしている男もなかなか珍しい。学校で規則違反だと叱られたりしないのだろうか。

「ふーん。じゃあ俺も高校生なのかな」

知らねーよ。なんなんだこいつ。
不審そうにその少年を睨みつけると、彼は鳴子を揺らしにこりと微笑んだ。夕焼けと同じ色をした橙の瞳が雪那を見据える。

「雨甲斐 雪那、お前はこの世界をどう思う?」
「……は?」

突拍子もない質問。いやそれよりも何よりも、何故名前を知っているんだ。

「なんで俺の名前…アンタ誰だよ」
「えー…うーん、とりあえず今はメイって呼んでおいて」

ますます意味がわからない。なんだか面倒な人間に関わってしまった気がする。もしかしたら新手の詐欺か何かかもしれない。早めにこの場を切り抜けた方が良い気がしてきた。
ジリ、と後ずさる雪那を他所に、メイは話を続けた。

「これからお前に起こることは全部、夢物語だ。現実なんかじゃない」
「……え…」
「でも、その中で答えを探せばいい。そうして向き合うんだ。本当に欲しいもの、切り捨てたいもの、失くしたくないものを見つけるために」
「何、言って…」
「焦らなくていいよ、時間はたくさんあるしな!」

鳴子が再び音を立てる。メイに手を伸ばそうとした瞬間、突然辺りの草がザワザワと揺れ始め、突風が巻き起こった。

「な…っ!!」
「答えは全部、アスタリスクの環の中ある」

メイの声が途切れたと思うと、視界の何処にも既に彼はいなくなっていた。
草の揺れる音と鳴子の残響だけが、誰もいない公園に静かに響いていた。



[ 16/53 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -