食器の神様のお言葉通り強く願えば、俺の姿は人間になった。テーブルの上でなったせいで、落ちそうになってよろける。ちなみに裸なのは…湯飲みだから仕方あるまい。
さすがに裸で行くのはどうかと思うので、伊作さんの着物を拝借し、前だけ合わせて脱げないように紐で縛る。酷い格好だが、時間ないし裸よりはましだろう。

そんなことをしているうちに10秒も経過してしまい、俺は慌てて部屋を出て神様から与えられた第六感を駆使して伊作さんを捜す。
格段に速くなった足で捜せば、すぐに伊作さんは見つかった。

「っ!!危ない!」

咄嗟に座り込んでしまっている伊作さんの前に出て、伊作さんに投げられた数本のくないを叩き落とす。
肌がビリビリする。これが殺気、か?

「伊さ…善法寺さん、怪我はありま…ない、か?」
「え、はい」

呆然と頷く伊作さんに小さく微笑み、俺は前に向き直る。見覚えのある顔ばかり。ああ、腹が立つ。
俺が怒りを全面にそいつ等を睨めば、数人が肩を跳ねらせ、数人が俺から距離をとり、数人が顔をしかめた。

「貴様…何者だ」
「煩い。俺はのんきに話してる暇はないんだよ。言い訳なら後でシナ先生にでも言え」

シナ先生は確かまともだって伊作さんが前に話していた。あ、ヤバ。残り時間30秒。
俺はいっせいにかかってきた忍たまの奴等に、その速さにビビりながらも回し蹴りを放った。吹っ飛んだ相手に驚きながらも、飛んできた手裏剣を反射的に受け止める。
次にどうするのが一番有効かが瞬時にわかる。食器の神様凄ぇ。

20秒程戦えば、相手を全員気絶させられた。自分の力に感動している暇はない。後10秒もしたら俺が死んでしまう。

「善法寺さん、悪いけど先生でも呼んで後始末よろしく」
「いい、けど…貴方は、」
「悪い、時間がないんだ。じゃあな」

後ろから伊作さんが俺を呼び止める声が聞こえたけど、俺は全力で部屋まで走った。残り時間、5秒…!
ああ、本当なら俺だって伊作さんと話したかったよ。ずっと話したかったんだ。でも俺の一番の望みは、伊作さんがお爺ちゃんになるまで一緒にいること、だからさ。
俺は部屋の襖を勢い良く開け、着物を脱ぎ捨てテーブルの上に登った。

俺はただの湯飲みに戻った。

今の一連の流れが俺の妄想に思えないのは、メチャクチャ疲れていて湯飲みである体の節々が痛い上、襖が開け放たれたままで着物も放られているからだろう。
伊作さん、ごめん。主に着物の惨状がごめん。せめて畳む時間を次があったらとりたいです。

それからしばらくして、伊作さんが部屋に帰ってきた。外見と臭いを嗅ぐ限り、本当に怪我はしていないようでほっとした。

「っ!これ…あの人の着物?!何で此処に…?!」

驚いて着物に駆け寄る伊作さんに、俺は心の中で盛大に謝罪した。
ごめんなさい、本当にごめんなさい。勝手に着物借りた上脱ぎ散らかしてごめんなさい。変態とかじゃないんです。時間がなかったんです。次からはさらに早く行動するんで許してください。

「プロ忍び…だよね」

うん?プロ?…もしかして俺のこと?
いや、俺は前世でちょっと剣道やってたぐらいで、戦闘経験すらないけど。そんな俺でも10人近くいた忍たまを20秒で全員気絶させられたんだから、やっぱり食器の神様って凄ぇよなぁ。俺はただの湯飲みだけど。

「格好良かったなぁ…また、会えるかな?」

伊作さんはどこか夢見心地に、俺の脱ぎ散らかした着物を握り締めた。
俺のこと…なのかな?それとも違う人?まぁ、俺は前世じゃそれなりにはモテる容姿だったけど。
また会えるかってのは、俺人間になるの命懸けだし、今だって体力10ぐらいしか残ってないし、伊作さんがピンチにならない限りはなぁ…。もっと前みたいに平和になったら、伊作さんと話すためだけに人間になろうかな。

ああ、でも、アイツ等この前まで伊作さんの友達だったのに。あの攻撃、殺す気だった。
俺が助けなきゃ。今まで伊作さんに大切にしてもらってきたんだから、今度は俺が恩返しする番だ。



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