「どうしよう…」

部屋には伊作さんしかいない。食満君は、最近じゃ滅多に部屋にいなくなった。
俺は天女が刺客じゃない方が面白そうだと思った。でもさ、天女が本気で天女だろうが刺客だろうが、伊作さんに害がないことが重要で、前提なんだ。

「どうしよう、あんなに警戒してたのに…留さんも、文次郎も、仙蔵も…六年生全員、忍たまのほぼ全員…」

体育座りの態勢で、膝を抱え込みながら部屋の隅で呟く伊作さんの目は虚ろだ。
唇を噛み締めるでも、手を握り締めるでも、何なら壁を殴るでもいい。苛立ちを外に出したい。発散したい。狂いそうだ。

天女?だから何だよ、天女なら何をしてもいいのか?天女なら誰を苦しめても許される?

んなわけあるか。

「どうしよう、僕が何とかしなきゃ…でも、もし失敗したら…いや、やらなきゃ」

伊作さんが一筋の涙を流した。

何で俺は、動けないんだろう。慰めることも、笑わせることも、抱き締めることも、涙を拭うことすらできやしない。

人間に、なりたい。

湯飲みであることを受け入れられなかったあの頃より、強く思う。
力が欲しい。御主人を、伊作さんを守れる、力が。

そう思った直後、俺は驚いたり考えたりする暇もない程急速に意識を失った。



気づけば伊作さんの姿はなく、部屋にいたはずなのに真っ暗だった。夜とかその程度の暗さじゃない。
意識を失うなんて、湯飲みになってから始めてだ。寝ることもできないし。

「…此処、ど……ぇ?」

自分の喉から発せられた声は、酷く懐かしかった。そういや俺はこんな声だった。
…待てよ、何で俺湯飲みなのに声出せたんだ?え、喉?
俺はゆっくりと自分の喉元に手を伸ばし…って!そもそも手がある?!

「握れる…!手だ!」

真っ暗闇だから視認はできないが、自分の体触ってみる限り、間違いなく今の俺、人間!

「八代恒希ですね?」
「はい?そう、ですけど…」

突然呼ばれた名前に、久しぶり過ぎて音量の調節を確めながらも返事する。
今、俺の名前を呼べる奴なんていないよな?誰も名前知らないはずだし。

「私は全ての食器の神です」
「…食器?神様?」
「ええ、貴方の叫びが聞こえ此処に喚びました」

食器の神様も暗すぎて何処にいるのかわからない。そもそも体はないのかもしれない。
これって俺の妄想?とうとう俺、狂った?

「八代、貴方は人間になりたいのですね?そして御主人を守りたい、そうですね?」
「っ!…はい!」
「食器が人間の姿をとるのは、簡単なことではありません。それも、貴方の御主人の善法寺伊作は忍たま。つまり守るには相当強くなければなりません」
「…はい」

そうだ、前世の体になれたって、伊作さんよりずっと弱い。そんなんじゃ守るどころか足手まといだ。せいぜい身代わりになれる、程度。

「そこで、貴方には最強設定を付加する必要があります」
「最強設定…?」
「ええ。私が力を使い、貴方の身体能力を底上げします。具体的には筋力を上げ、体に受ける重力をコントロールできるようにし、瞬発力や反応を速め、第六感を強めます」
「すご…っ」

神様って、そんなこともできるんだ。相当なチート能力じゃん。

「ただ…先程も言いました通り、食器が人間になるのは簡単ではありません」
「それってつまり、一回人間になったら死ぬってことですか?」
「それは一分間を過ぎたらの話です。時間には気を配りなさい。人間になっている時間が長い程、湯飲みの時の貴方の耐久力は落ちます。湯飲みとして過ごしているうちに徐々に戻りはしますが…一分を過ぎたら壊れると思いなさい」
「…肝に命じます」

伊作さんのためなら死んでもいいけど、やっぱり死なないに越したことはないからな。

「人間になりたい時は、強く心に念じなさい。…ああ、貴方の御主人に危険が迫っています」
「っ!そんな…!伊作さんッ!!」
「すぐ、貴方を元の空間に戻します。早く行っておあげなさい」
「はい!」

俺の意識は、また急速に遠ざかった。


気づけば、周りは伊作さんの部屋に戻っていた。
夢だったかなんて考えてる暇はない。伊作さんを助けに行かなければ…っ!



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