※本編に関係無い湯飲みの前世中学時代の過去話
※落乱キャラは一切出て来ない
※この時点での湯飲みには核が無いのでまるで別人



八代恒希は、僕は、とても恵まれた人間だった。
たった一つの欠陥を物ともしない程に、完璧だった。ネジが一つ外れた程度じゃ、良くも悪くも揺るぎなく。

僕は久しぶりに電車に揺られて従姉妹に会いに来ていた。
僕の従姉妹は僕より一つ年上の高校生で、そうとは口に出して言わないけど目で雄弁に僕を大嫌いだと語る。そんな彼女にアポも無くこうしてわざわざ会いに行くなんて嫌がらせにも近い事をしようと思ったのは、赦されてはいけない懺悔をしに行く為だった。
こんな事を言われたら怒るだろうが少しだけ僕に似た彼女なら…きっと何も言わずとも僕の顔を見ただけで僕が最低な事をして来たのだと解って、ただただもっと嫌いになって蔑んだ目をくれるから。

八代という自分の苗字と同じ表札の掲げられた家のインターホンを鳴らして数十秒程待つと、引き戸のドアが開けられた。

「はー…い」

僕が会いに来た彼女は僕を僕と確認すると明からさまにテンションを落とした。酷い反応するなぁ。それぐらいが今の僕には丁度良いけど。

「恒希くん…?何しに来たの?」

そう言って、彼女、八代翡翠さんは薄く笑みを浮かべた。作り笑いだと僕がわかるようにわざと下手くそに作る翡翠さんの相変わらずの態度に僕は苦笑する。

「上がっても大丈夫ですか?おじさん達は?」
「どーぞ。父さん達は旅行中よ、タイミング悪くね」
「そうですか。すみません、お邪魔します」

僕への皮肉も込められたそれに笑顔を返し、家に上がらせてもらった。
翡翠さんに付いて行きリビングに着くと、間も無くソファーを勧められたのでお言葉に甘え座る。

「紅茶よね?今日の気分は?」
「あー…すみません、レモンでお願いします」
「ん」

お湯を沸かし紅茶の用意をし始めた翡翠さんを見ながら、大嫌いな僕にもこんなに優しい彼女は優しい人だなとぼんやりと考える。
それでも、血縁の彼女にさえ僕は結局それだけで。それ以上の感情は、無くて。

僕は遂に、懺悔の海に思考を彷徨わせた。


中学一年生、僕は運命の出会いをした。
後に僕の心臓に刺さる後悔の棘となるその天才な同級生の男は、突然僕を呼び出し告げた。

「僕は八代の友人では無いしお前に指図する気も無いが、老若男女問わずお前程薄っぺらい人間を見た事が無い。それでお前の人生は楽しいのか?」

僕は友達が多い。そしてその友達全員に確かに、心から好意を抱いている。僕にもっとを望まない限り、それは普通気づかないはずの事。
僕は僕がそうである事は当たり前で、だから不満はなかったけど、それが人に負の感情を抱かせるのは理解していた。なのに、彼の顔に気づいた人間特有のいつもの感情達はどれも無かった。
だからお前と居るのは飽きなさそうだ、と笑う彼が嬉しくて、知っても一緒に居てくれるらしい彼が嬉しくて、僕は軽い忠告だけしかしなかった。

「僕の意志は僕が決める」

お前が決めたと責任逃れに思って、それを容認した。してしまった。結末なんて考えなくても知ってたくせに。…僕は善人にはなれない。


それから事あるごとに、彼は僕を揺さぶった。
僕に執着のラインを越えさせてやるとか、試す事は悪い事じゃないとか、そんな…それはそれは、僕に甘く優しく堕ちずにはいられないような誘いを幾つも、幾つも。
僕は既の所でその全てを断った。時には方便を使ったり、賭けをして勝ったり、あらゆる手を使って。全て彼の為に。

けど、結局最終的な所で僕は彼に優しくなかった。
三年。三年もだ。共に居てしまった。
それがどういう意味を持つのか知りながら。今まではどんなに長くても一年以内にはとっくに突き放していたのに。

しかも、この時は気づいていなかったけどその理由がただ、彼は僕に欲しい言葉をくれる都合の良い人間だったからなんて…最低にも程があった。


やっと切り出せた時には三年の中盤で、それも彼の言葉が切っ掛けだった。

「恒希、僕と同じ高校を受けるのはどうだ?」

その意味は、自分の傍でなら僕が投げ出さず挑戦出来るというどこまでも果てし無く僕に甘いものだった。
だからこそ、僕はもうダメだと思った。これ以上は流石に自分の良心が許せなかった。
だから深呼吸して、悪くないと正直な感想を言った僕に彼は手を差し出す。
彼がそうする事はわかっていた。僕は、その手を取らない。彼が眉を寄せた。

僕は彼が好きだ。…それが、どんな残酷な意味であれ、好きだった。だから、言わなければならなかった。
色々な事を思った。今までの事。これからの事。目の前の大切な友人の事。

「お前は友人だから、僕はその手を取らない」

それが最低な僕なりの、やっと言えた終わりだった。

やっぱり彼はその意味を理解してくれたようで、彼は頭が良くて申し訳なくて、僕には眩しくて。自分の目を腕で隠した。
僕の視界が閉ざされる前に見た彼は目を見開いて驚いていた。きっととても傷つけた。その先は解らない。突き放した僕には解っちゃいけない。
足音が遠ざかって行くのに安堵した。彼は本当に頭が良い。

彼がいなくなってから、僕は呟く。

「少し、寂しいな」

乾いた目と心からの言葉に、流石に自己嫌悪した。この寂しさが決して少し、の域を出ない、出る事の無い僕は、生まれて初めて自分を寂しい人間だと思った。それでも僕は幸せだし、変わらないけれど。


それから僕は彼と話さなかった。きっとこれからも永遠に。
元々クラスは違った。部活も。お互い会いに行かず、数週間に一度廊下ですれ違っても目も合わせなかった。
彼は元々プライドの高い人だ。それを徹底的に傷つけた。きっと彼自身のプライドの高さが僕への断罪さえ戸惑わせた。…それともあれだけされて尚、少し友情を残してくれていたのか。真実は闇の中だけど。

卒業式で、僕は僕を知りながら最後まで優しかった彼の背中を見ながら思った。
…もう、やめようと。
決してたった一人を作れない僕じゃ、一人の人間と永く共には居られない。これはどうしようもない。友愛にしろ恋愛にしろ親愛にしろ、僕はどれも知ってるけど、とても大切なもので世界一素敵な感情だと思っているけど…一定以上のそれが理解出来ない。仕方ない。僕はそう生まれたようだから。

中学時代の僕は、大切な友人を突き放すのを惜しんで引き延ばして三年も掛けて非情に傷つけた最低な人間だ。それが事実だ。
だからこそこれを、僕の人生で一番最低な出来事だったと言えるようこの先生きて行く。


僕が顔を上げると、紅茶を僕の前に置いた翡翠さんが僕を気持ち悪いものを見る目で見ていた。
へらり、と笑うと、嘲笑の笑みを返された。
やっぱり翡翠さんは何も言わなくったって、解ってくれた。解っていて、弁解のチャンスもくれなかった。会いに来て良かった。

「翡翠さん、僕一人称を俺に変えてみようと思うんですけどどう思います?」
「いいんじゃないの?今より胡散臭く無くて」
「そっか」

これは戒めだ。甘ったれな僕を殺す儀式だ。
…俺は、もう甘えない。決して甘えない。俺は、よく皮肉混じりに言われる"ヒーロー"という言葉が当て嵌まってしまうような人間なんだから。
俺は皆に平等に優しくて、永遠に誰の特別にもならない。どれだけ愛を崇高しても、俺は真の愛を永遠に理解出来ない。それがこの世界における俺の正しい生き方だと思った。

「恒希くん、それ飲み終わったら帰ってね。君と二人は、悪いけど疲れるわ」
「はい、ありがとうございました」

ヒーローは誰のものにもならないし、なれない。


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