陽さんが帰り、俺は一つ息を吐いた。無理に押し切って洗い物も掃除も残してもらった。本当はもっと一緒に居たかったけど、迷惑を掛けたくなかった。
そしてそれらをぼんやりと片付けながら、俺は歓喜と罪悪に震える手を抑えられずにいた。
陽さんがこの世に居る。生きている。やっとちゃんと、実感出来た気がする。
俺の異常な歓喜、いや狂喜に九尾が反応してチャクラが揺れる。俺を此処まで芯から揺さぶれるのは陽さんだけだ。

けど、俺の大切な親友。いつも陽さんと三人で彼女の作ったご飯を食べて笑っていた。
親愛を選んだ俺に対して、恋慕を選んだ俺と似た仲間。
そんなシカマルに全てを話せない事があまりに残酷で、それなのに陽さんを離せない俺は…あまりに、自分勝手だった。

でも、彼女を離すなんて選択肢は在りもしなかった。


俺はシカマルより少しだけ早く、陽さんと出会った。
当時の陽さんは暗部総隊長となってまだ一年そこらで、それでも最強だった。


任務として俺の世話に来た彼女は、今までの嫌悪や殺意を目に宿しながら結局俺を殺し損ねる奴等とは異なり、つまらなさそうに俺を見下ろした。
俺は異常な回復力以外その辺の子どもと変わらなかったが、俺の中の九尾が感じ取った。この女は俺を殺せると。

「はじめまして、ナルト君。まぁ任務ですし私別に君に恨みも嫌悪もないですし…しいて言うなら子どもはあまり好きじゃないですけど。とにかく、適当に生活のお世話する事になりましたからよろしくね」
「…」

あまりにも気だるい言葉、態度。にも関わらず美しい程の笑顔だった。
よろしくする気はなかった。けどそれ以前に返すべき言葉がわからなかった。

「…おい、返事」
「気に喰わねぇなら殺せよ」

声を掛けられて、いつものように皮肉的で嫌味な笑顔を貼り付けて見上げてやる。いや、いつもは流石に最初からここまではしねぇ。
どうせ俺は誰かに殺される。ならこの人に殺されたかった。
彼女は少しだけ驚いたように目を見開いた。

微か、たった一瞬の間にその目が変わる。笑顔は変わらねぇのに、その瞳の奥。深海よりずっと暗い青が怪しく淀んだ気がして、俺は、、

「確かに、今までの雑魚共と違って私でしたらその治癒力も里へのしがらみも何もかも意に介さず君を殺せますよ。造作もなく。でもさぁ…」

意図的に言葉を崩した彼女に心臓が煩く動いた。目が離せない。冷や汗が流れる。唾を飲んだ。
それが恐怖なのか違うのかはまだ判断も出来ねぇで。

「それより君、私の話に乗らない?」

にやりと笑い、ついに彼女は透明の仮面を外した。
俺が怪訝な目で見上げていると、急に気を遣う気になったのか彼女はすぐ側にしゃがむ事で同じ高さの視点で目を合わせた。近い。

「ねぇ、私ね、つまらないんだー。木の葉の里なんか、滅ぼしたいとも思わないし興味ないけど…私と対等な人がね、この世界に居ないのが酷く…退屈」
「何でそんな話を俺に?」

近さ故に、本当につまらなさそうにため息を吐いた彼女の吐息が俺を掠める。話が嘘とは思えず、困惑に思わず聞いた。
彼女はそんな俺の頬を突然両手で包むと、さっきの優しげな笑顔とはまるで違う無邪気な子供のような顔で俺の目を真っ直ぐに見た。

「君がならない?」
「は?」
「力が欲しそうな顔してる。幸い君は…ふふ、もういいや。一応厳口令出てるけどどうせ知ってるんでしょ?貴方の中のキツネサンのコト。木の葉引いては世界最強な私が鍛えたらきっと、化けるよナルト君は」

どうしてそこまで俺を知っている。九尾はいい。常識だ。だが力が欲しいなんざ今まで一度だって口に出した事はねぇ。お前とは初めて会ったはずだろう?
言いたい事は沢山あったはずなのに、自然と開いた口は気付けば彼女を案じる言葉を吐き出す。

「んな事バレたら、お前タダじゃ済まねぇぞ」
「別にいいよ、その時は適当に里抜けするわ。私木の葉に拘りなーい」

そんな自分に動揺する俺なんて露知らず、女は呆気らかんと悪戯に舌を出した。

「それに私嘘が笑えるぐらい巧いのよねぇ。これって育った環境のせいかな?まぁ、兎に角つまり、君が言わなきゃバレないよ」
「じゃあ俺が言ってやるよ」
「言わないくせに」

可笑しそうに当たり前のように言いやがったその言葉に反論出来ねぇ自分が居る事に気づいていた。
そうだ、俺は言わない。そして言えない。けど、最終的に俺は結局、言わない。

「おいで、鍛えてあげる」

手を差し出した陽と名乗った女。俺は頭の中で本当にこの手を握っていいのかと逡巡するふりをしながら、体は既に条件反射のような速さでその手を取っていた。
望んで彼女に…貴女に、囚われた。囚われたかったから。

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