44.5

にこにこと愛想良く微笑む僕に、見返す幸村の顔は口元のみ多少笑んでいるだけの義務の空気を隠そうともしない、言うなればほぼ真顔だ。

「目的の一致、ね。これは安住聖君がちょっかい出す案件じゃないと思うよ」

友好的に声を掛けたにも拘らず、返って来たのは刺々しい苛立ちを含んだ言葉だった。僕はそれにつられて怒ったり怯んだりするような可愛い性格では無いけど。むしろ倍返しするタイプだね。

「ありゃ、僕って有名人だねー。生徒会副会長のフルネームなんて覚えてる人の方が少数派だろうに」
「安住君の方が裏ボスだって結構聞くよ」
「あはは、僕の事わざわざ調べてた癖によく言うよ」

笑い飛ばせば、幸村は義務的な口元の笑みさえ消した。
だいたい、裏ボスなんて表現は情報から統合して自分で考えたろうに。僕の事は皆天才呼びだし、怖い面はある程度隠して生きてるんだから。そんな表現今まで聞いた事無いって。
幸村が僕、いや今サララに近づく人全員を調べてるなんて僕はとっくに気づいてたから驚かないけど…しっかしぴりぴりしてるな。僕は穏便な話し合いに来たのに。

「なら今度は率直に言うけど、面白半分なら紗良に近づくのはやめてくれないかな?」
「うーん。幸村ってサララと別れてるよね?何でそこまで気にするの?…てかさー、僕の予想では幸村はまだサララを好きだと踏んでるんだけど、何で別れたの?」

僕の言葉に、幸村の表情は険しくなる一方だ。
だって疑問系の形だけ作っているそれは僕には聞けない命令だし、僕は僕で早く自分の目的果たしたい。腕時計をちらっと見て、昼休み中に話が終わる予感のしなさにため息。

「安住君、人殺しになりたくないなら紗良には近づかない方がいい。ゲームは好きでも、後処理は嫌いなんだろ?」
「本当によく調べてるんだね、僕の事」

そんな事まで引っ張って来るか、と僕は苦笑した。

僕が人の為なんて考えた事もない、特に最低最悪だった小学生の頃、僕は退屈凌ぎで一度一人の少女を自殺させかけた事がある。
精神的な話にしてもいじめと言うにはそれはあまりにも周到で、彼女は勝手に孤立して勝手に僕にフラれて勝手に自殺しかけただけだ。
そして僕は自分が引き起こしたそれに罪悪感一つ無く、ただ警察絡みとなると面倒だからゲームの範囲はそれから縮めた。

しかし人殺し、ね。サララの抱える問題も、人死が関わりかねないのか。

「でもさー、小学生の時の話されても困るよ。僕はよっしーと菅野ちゃんと会って変わったし、サララとも友達なんだ」
「…」

幸村が黙る。
そう、それはあくまで昔の話だ。糾弾するなら本人かその周辺の人がやってくれ。それなら受けて立とう。
大人しく罪人となる気も無いし、間接的過ぎるあれらに証拠一つ無く本人も誰も僕のせいなんて思っていないだろうけど。
ほぼ予想で言ったんだろうとはいえ、幸村はよくそんな事調べられたね。

…さて、少しは僕も誠意と本音を見せなきゃ取引も協力も出来そうにないかな。

「僕は確かに、天才を笠に着た、自分本位で思いやりが無くて冷徹な最低の奴かもしれないけどさ。でも、友達だけは世界一大事にする奴だと自負してるよ」

どんなに僕が最低でも、僕は何より自分より、もっとずっと友達ってやつが大切なんだ。
そうじゃなきゃ、学校祭前のこの忙しい時期に幸村と話し合いになんて来る訳ないだろ。

「だから、僕は友達の紗良を救いたいんだよ」

結論はそんな一言でいい。
人を騙す時は口八丁で回り込み、横道も逃げ道も塞ぎ自分の言葉だけ正解なんだと思い込ませるのが僕の常套手段だけど、これはただの真実だから。

「…」

幸村は僕の目をじっと見ながら黙り込んだままだ。
サララと違って、幸村はよく人の目を見る奴なんだなと思いながら、次の幸村の言葉を待った。
やっぱり信じられないと言われたら、お百度詣りでも致しましょうかね。ええ諦めませんよ。僕が諦めるのは、他にもっと良い手段が出来た時だけだ。

「紗良は…」

幸村が視線を僕から外し、下を向いたと思ったら小さな声で話し出した。

「紗良は今、死ぬ為に生きてるんだ。俺じゃ、無理だった。だから別れるしかなかった。それしかしてやれなかった。…あの子をたすけて」

今にも泣き出しそうな幸村に、僕は笑ってその目の前に拳を突き出した。

「任せろよ。僕は天才、安住聖だ」

遠くに予鈴の音が聞こえた気がしたけど、屋上に吹いた風に掻き消された事にしておこう。十代の少年少女には、時に授業よりも大切な事もあるんですよー。

                


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