39.5

菅野ちゃんの背中を見送って数分後、一時間目の授業が始まりあずみんが宣言通り先生に、あれは下手すりゃ二時間コースですねー、と息を吐くように嘘を吐くのを見ながら俺はノートへの落書きに精を出す。

落書きするのは最近の俺というか俺のかわいい友人の関係者の名前とそれを繋ぐ矢印。メモ。つまりは関係図だ。
矢印と言えば、数学のベクトルって確か一年前の今頃やったよなぁ。…この問題はどんな数式よりも難しいけど。

赤也がサララに告白というかなんというかをするまでの過程も知っている身としては、俺個人はサララに赤也と上手く行って欲しいんだよね。
でもなぁ…現段階じゃ赤也のあれは、恋心に近く憧れに似て人間の本能にも通じる。つまりは独り善がりだ。
そんなんじゃ、俺も大事な友人任せられないし?

赤也といえば、そういやもうすぐ誕生日だよなぁ。まぁ毎年恒例焼肉パーティーでもや…ん?でも今年はサララ居んじゃん。あれ、アイツどうすんだろ?当日はサララと遊ぶのか?そもそもサララは誕生日って知ってんの?
うーん…放課後か週末、さり気なくサララ誘って何かプレゼント買わせるか。大丈夫、赤也は値段とか気にしない子。サララが選んだってだけできっと大喜びする子。

「よっしー、授業終わったよー。補習受けたく無かったら、ちゃんと今日の範囲は自習しなよ?」
「え?!」

俺はとっさにぐちゃぐちゃと書き込んでいた関係図のノートを乱暴に閉じ、机に閉まった。あずみん相手に隠す必要無かったのにね!

「え、ぁ、菅野ちゃんとサララは?」
「まだ。って事は見つけたんじゃない?見つからなかったら授業終了と共に入って来るだろうし」

見つかった。
それはつまり、本当にサララは学校付近に居たって事。まさかあずみんが親友の俺達の行動パターンを見抜けないなんてはずねぇし。恐れ多い。
でもサララが学校に来ていてなのに教室に来れない事態が発生していたのも確かなわけで。なら、どうして、俺の勘はその嫌な予感を捉えられなかった…?

「よっしーって、バカみたいに明るいのに妙に自分を卑下する癖あるよね。いいじゃん、結果オーライで」
「んなもん見抜くのどっかの天才サンだけですー。あずみんこそ頭の中でごちゃごちゃ計算する癖に驚く程根明だよな」
「僕、頭で補える範囲の勝負で勝てないなんて今まで一度もなかったもん。勿論これからも」
「お前の人生イージーモード過ぎだろ」

こいつは本当に今まで勝った事しかないんだろう。そういう人間は一度負けると脆いなんて言うがあずみんの場合はその兆しが出た瞬間に、負けたとしても最善の状態に自分を持っていきそう。そもそもやっぱ一生負けなさそうだが。
俺の負けの記憶は、ふとした時に思い出される。脳裏にこびりついてる。正直、羨ましいね。

「僕ってさ、天才じゃん?」
「二の句もなく。お前程一切の努力をしてない癖に誰よりも頭良い奴を俺は知らない」
「サララはさ、秀才なんだよ」

優しい笑顔で話すあずみんの顔に僅かな哀れみを感じ取った。あずみん程の天才が、才を認める。秀才。どれだけの努力の末なのか。サララは何故、それだけの努力をしなければならなかったのか。

「相手が秀才だろうが僕は絶対負けたくないんだよ。だから先手打ちたいし、僕、世界で一番よっしーと菅野ちゃんを信用してるんだからしっかりしてよね」
「…そこまであずみんが褒めてくれる日が来るなんて」

叩かれた。顔に似合わず、こいつはそこそこ殴る力は強い。つまりめちゃ痛い。

「僕にこんな事言わせる程落ち込まないでよね、バーカ」

でもあんなに嬉しい言葉聞けるんならたまには落ち込むのも悪くない、なんて。

                


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