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柳君は別に私が嫌がる事を聞かなかった。だったら厄日な私がこのまま帰れる訳も無いって寸法で。

「サララー!」
「…菅野ちゃんの真似、上手いね」

玄関で靴を脱ごうとしていた私はそれを中止し、呆れ顔で振り返った。予想通り私を呼んだのは仁王君で、笑顔でプリッと呟いてから近寄って来た。

「水代さんに聞きたい事あるんじゃけど」
「…なぁに?」

仁王君が自分の持っていた鞄を下に置いたのを見て、立ち話の割りに長期戦かと私も一応鞄を下に置いた。その作った表情を見た時点で十分に嫌な予感はしていたけど。
仁王君が笑顔で、口を開く。


「なぁ、何で幸村と別れた?」

……。
嘘吐き、聞かないって言ったのに。

「さっきの屋上、仁王君も居たんだね」
「ありゃ、バレた?」
「わかるよ。…別にいいけど、…あの事は誰にも言わないでね」
「わかっとるぜよ」

嘘臭い笑顔の仁王君に、私は息を吐くように笑う。
柳君には知られてもいい。彼は私と同じタイプだから。仁王君も…まぁ同じとは言えないけど多分似たタイプだから、いい。でも、幸村君や跡部君、よっしー達、それから赤也君には知られてはいけない。
それはもう、調子が悪いなんて言い訳じゃ許されない。

「一人質問は一つまでだよ?本当にその質問でいいの?」
「おお、そんなルールがあったんか。お気遣いどーも。じゃけど問題ないぜよ」
「そう」

それは残念だ。

「じゃあ、答え」

わたしは満面の笑みを作った。



「教えない!」

数秒の沈黙。にこにこと笑う私と、固まる仁王君。私は思わず噴き出した。

「っ、ふふ…!」
「……え、は?」

まだ状況を呑み込めていない様子の仁王君が呆然と、わらう私を見る。

「柳君には言ったんだけどね、残念。質問しても答えるかは別なのだよ」
「…か、完全に答える空気じゃったろが」
「知らないなぁ?」

わざとらしく首を傾げて見せれば、仁王君は苦い顔で自分の髪をくしゃっと掻き乱すと、多少調子を取り戻したのか拗ねた顔をした。
でも私は、そんな仁王君が口を開くより先に言葉を続ける。


「幸村君にも言ってないのに、教えられないよ」

仁王君は口を開けたまま、放とうとした言葉を忘れてしまったかのようにパクパクと口の開閉を繰り返し、まるで迷子になった子どものような顔で私を見る。仁王君のキャラからして、結構レアな表情なんだろうな、これ。

「…は…?幸村も、知らない…?おい、それは流石に、」
「別に、私は幸村君に教えても構わなかったんだよ?でも幸村君は、いいやって。聞かないって、言ったの。だから私も、お言葉に甘えて誰にも教えない事にした」

幸村君は優し過ぎるね、と続けてわらう。
そんな私を見て仁王君は、八つ当たりにも近く、泣きそうな顔で私を睨んだ。それはとても自分勝手で、仁王君もやっぱり私と似てるね。

「仁王君、その類の感情に関して先輩の私から一個忠告」

私は鞄を持ち直し、上履きからスニーカーに靴を履き替える。それから未だ感情を呑み込め切れていない、諦められない仁王君の頭を引き寄せ耳元でそれはそれはやさしく囁いた。

「過去はどうやったって戻らないんだから、これからステキな未来を作るしかないのよ」

私はステキな未来を作って見せるよ。わたしにとって。
そんな言葉は続ける事なく、今度こそ私は帰路に着いた。仁王君には嫌われちゃったかな?でも、しかたないよね。

                


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