35

今日はもう調子悪いから帰ろうと放課後になってすぐ教室を出て一直線に帰ろうとしたのに、知った顔と目が合ってすぐ逸らしたのに声が掛かった。

「水代」
「…柳君」

こんな日にこの人か。
眉を下げ困ったような顔を作りながらも、内心冷や汗をかく。

今日は私の厄日だ。だからきっと今から柳君は私に嫌な質問をするに違いない。

「聞きたい事がある」
「幸村君の事でしょう?…断っても、無駄なんだろうね。いいよ、質問を聞くのは。答えるかは別だけど」

幸村君は聞かない。真田君も聞かない。だったら代わりに少しだけ柳君の質問に答えよう。
その質問は幸村君の意思に反する事には気づいているけど。だって幸村君が聞かなかったのはどうせ、結局、回って私の為なんだから。…。

「此処は誰に聞かれるかわからないからな…屋上はどうだ?」
「うん、いいよ」

薄っぺらい笑顔で応じて、柳君の後ろを付いて階段を上がって行く。
有名人な柳君の後ろに、ある意味今はそんな柳君より有名人だろう私。目立つね。

「男子テニス部レギュラーって、皆屋上の鍵持ってるの?」
「ああ。…精市とも行った事があるのか?」
「ううん、ほら私達模範生だから。前に行ったのは仁王君と」
「…仁王?」
「そう、友達にしてもらったの」
「…ふむ、そうか」

含みのあるお言葉に、柳君の中の仁王君の認識が気になった。世間話のつもりだったけど、うーん…もし柳君に仁王君を味方につけられるとちょっと面倒臭いかな?まぁ、いいか。それはそれで。

私は今日調子が悪いんだから。

「着いたね」
「ああ」

鍵を開け、柳君がドアを開くとそれは前来た時と同じ様に、強い風が吹き抜けた。
思わず目を閉じ、開くと、狭いドアに風景を切り取られたようなフェンスと空。きれいだなぁ。

「水代…?」
「あ、ごめんなさい。屋上の風景って好きなの。見惚れちゃった」
「そうか」

いつの間にかとっくにドアを潜り抜けて屋上の風景の一部になっている柳君に続き、私も屋上のコンクリートの床へと足を踏み出した。

「確かに綺麗だが、屋上は生徒に公開する訳にも行かないだろうからな」
「?どうして?」
「右を見てみろ。フェンスが少し、な」
「あら」

言われた方を大人しく向いてすぐ納得した。端の方だったからか前来た時は全く気付かなかったけど、そこのフェンスは昔生徒がふざけてぶつかりでもしたのか大きく歪み一部が欠損していた。これって小柄な人なら行こうと思えば向こう側に行けるんじゃないだろうか。

「危ないね。鍵が掛かってるとはいえ…あれって直す予定ないの?」
「副会長を中心に生徒会でも度々教師に提案はしているんだかな」
「そっか」

副会長ってつまりあずみんだから、まぁそのうち直るかな。そしたら屋上開放にならないかなぁ。此処、本当に気に入ってるんだけど。
空に少しでも近いこの空気はとても、清々しい。大きく深呼吸して持っていた鞄を下に置き、柳君に向き直った。


「…それで、聞きたい事はなぁに?」

今日の私は"調子が悪い"から、何でも答えてあげる、かもしれないよ?

                


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