8.5

俺は水代を家に送り届けることもせずファミレスでその背中を見送った。
そう遅い時間じゃねぇとは言っても、水代以外の女が言ったなら迷わず確認も取らずに送るところだが…ちっ、幸村か。

「面倒な事してくれやがって」

俺は、ただ妙にアイツとは気が…っつうかタイミングが合うだけで、アイツ自身についてそう詳しいわけじゃねぇ。
ただ、水代の大人び方は普通じゃねぇ。俺は跡部の一人息子でそういう環境だった。その俺の話に普通に付いて来れる奴なんてそうそういねぇんだよ。
策を練らせてアイツ以上の人間を、俺は社交界でも父上の会社でも見たことがねぇ。しかも頭のいい人間程上手く手玉にとりやがるんだから食えねぇにも程がある。

とは言っても、俺は存外水代を気に入っている。
だから水代が家に帰る時、何度聞いてもいつも誰も家に居ないと返って来ることから、水代の家庭環境が普通じぇねぇのもわかっていて、幸村と別れた理由にも大方見当がついた。

「トラウマってのは…どうしようもねぇな」

水代と俺が初めて会った、あの雨の日を思い出す。


「お一人ですか?」
「…今はんな気分じゃねぇ。帰れ雌猫」
「あはは!雌猫?ひっどいなぁ…まぁでも、私アナタの事何にも知りませんから、隣に居てもいいですか?」


安易に人の傷に触れては来ねぇ代わりに、自分の傷にも触らせない。自分の弱いところは意地でも人に晒さない。その癖、風のように現れて容易く人の心を奪っていく。
それが俺の思う水代紗良という人間で、きっと正解だろう。俺の目に狂いはねぇからな。

薄い笑みをいつも貼り付けている様は熟年のビジネスマンみてぇで、

「ちっ」

大概俺も、世話焼きだと思う。これだからジローが成長しねぇって青春馬鹿にも言われたばっかだしな。
まぁ、水代は頭を使い過ぎてんだ。アイツはもっと馬鹿と関わった方がいい。

俺は青春馬鹿へ一通のメールを送信した。

俺は水代を恋愛感情で見たことはねぇ。アイツは恩人で友人で、ただの俺の大切な奴の一人だ。
卒業して会社を継いだ後、この甘さは必要ねぇもんだと知ってはいても、俺は自分の友人に大して無償のおせっかいを焼くこの性格が、嫌いじゃねぇ。

                


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