17

切原君が一応ノックし、さらにドアに耳を当てて中から音がしないのを確認してから第三理科準備室のドアを開けた。中には誰も居なかった。

「でも、よく鍵開いてるね」
「ん、ああ」

少し埃っぽいなと思いつつ中に入り、教室内をキョロキョロと見回しながら言えば、ドアを閉めていた切原君が手招きしてきた。
私が近寄れば、切原君は笑顔でドアの鍵穴の所を指差した。

「わっ、壊れてる…え、でもこんなのさすがに直すんじゃないの?」
「いい質問ッス」

長く直されていないように見える、明らかに故意に壊されただろう部分をまじまじと見ながら聞けば、切原君はにやにや笑う。

「ある意味伝統ッスよ。先生諦めるぐらい、こっそり色んな先輩が何度も何度も壊したんス」
「へぇ…凄い」
「あははっ!そういう反応なんだ?もっと非難されるかと思った」

楽しそうに言う切原君に、吉村君達といい私は結構周りから真面目に見られているんだなと再認識した。

「私、こういう不真面目な…伝統?好きだよ」

壊れた鍵穴を見ながら、かつての先輩達の今でも残る不真面目な全力の努力の痕跡に笑った。

「…うーん」
「?どうかした?」
「難しいなと…や、何でもないッス」

笑顔で誤魔化された。

切原君は…こういうのうっかり言っちゃう辺り、普通柳君なんかよりよっぽど読みやすい相手なんだろうな。やっぱり相性か…。


「あ、そう。切原君、」
「待った」
「え?」

聞きたかった事があったんだと話す途中、切原君に神妙な顔で遮られた。私は思い当たることがなくて、きょとんと切原君を見る。

「何度も悪いですけど、俺達の関係は?」
「…一応、恋人?」
「そ。一応、恋人ッス」

うん、それで…それが?
切原君が何を言いたいのかまるでわからず疑問符を飛ばす私に、切原君は呆れたように答えを口にする。

「普通、名前で呼び合うでしょ」
「…そうなの?」
「いや、そうなのって…ああ」

呆れたように口を開いた切原君は、続きを言う前に自分で納得したらしい。
間違いなく、私と幸村君が付き合っていた時の事を思い出したんだろう。…うん、私は幸村君、名字で呼んでたから。

「まぁ、この際常識はいいッス。俺、友達ぐらい仲いい奴からは皆名前で呼んでるんで、先輩もそうしてください」
「あ……わかった」

咄嗟に断ろうと開いた口を、ゆっくりと閉じ代わりに了承の言葉を口に出した。

「よし!じゃあ俺は…紗良先輩でいい?」
「ん、いいよ」

何だかちょっと、普通の恋人同士みたいな会話だな、と変な気分になりながらも、さっき自分が聞こうとしていたことを思い出し再度口を開く。

「そう、それで赤也君、吉村君には言ったのに安住君には私達が付き合い出したって話、してないの?」
「は?よっしー先輩はいいとして…安住って、あ、さっきの人ッスか?」
「え?」

きょとん、と私を見る切…赤也君に、私も同じような表情で返す。
何で、そんな知らない人みたいな反応…?

「ああ!どっかで見たことあると思ったら、副会長ッスよね!ぶっちゃけ全体的に会長より目立ってる!」
「え、そう、だけど…」

あれ?知り合いでもない?どういう事…?

「待って。切原君が吉村君達に私を護るように頼んだんじゃないの?」
「紗良先輩、呼び方」
「あ、ごめん」
「質問の答えッスけど、俺はまだその話よっしー先輩にしか言ってませんよ?」

という事はつまり、菅野君も?
…なら何で彼等は、示し合わせたように突然私を庇い出したんだろう?やっぱりよくわからない。わからないけど、これはもう本人に直接聞くべきだろう。

「うん、じゃあもういい時間だし…明日も今日みたいに会う?」
「もちろん!四時間目終わったらすぐ迎えに行きますね!」
「ん、了解。じゃあまたね」
「はい!」

ぶんぶんと大袈裟に手を振る赤也君に背を向けてから堪えきれず少し笑ってしまった。まぁ、赤也君には気づかれていないだろう。
…なんか、取引って言うより普通の会話だったな。変なの。

                


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