男主短編 | ナノ




昔から、俺は感情を吐き出す事が出来た。
比喩、ではなく。

それは赤黒い血色の球状で、飴玉ぐらいの大きさ。無臭。俺はアメダマと呼んでる。
吐く時はやっぱり気持ち悪いし嫌な気持ちにもなるけど、それでもどうしても耐えられない時は吐き出しさえすれば楽になれる。
素晴らしい能力を得て生まれたものだ。


「おい、名前。何怒ってんのか知らねぇけどいい加減許してやれよ」

友人のハチに咎めるように言われた内容に、俺は疑問符を頭いっぱいに浮かべた。

「え、ごめん何の話?」

は組の中でも特に可哀想な俺の頭脳では到底答えは導き出せそうにない、と二秒で諦めた俺は駆け引きも何もせずそのまま聞いてみた。ハチに呆れ切った目で見られた。
そんな目で見られても…馬鹿だからわかりません。

「雷蔵だよ、雷蔵」
「え?うん、雷蔵くん?…が?」

雷蔵くんが俺に怒ってると?え、何だろう。全然わからない。考えられない。ごめん。
手の中の血色のアメダマを弄ぶ。

「…怒るのは勝手だけど、さすがに理由ぐらいは本人に教えてやれよ」

ハチは変な事を言う。俺が雷蔵に怒っている?馬鹿な、あり得ない。
だってそんな感情は無いのだ。そんな感情は吐いたのだ。ほら、今もこの手の上にあるじゃないか。怒りなんて持ち得るわけが無いのだ。

「参考までに、どうして俺が怒っているとハチが思ったのか聞いても?」
「は?!…本気か?あれだけ雷蔵に毎日好きだ好きだ言ってた奴が冷たい目で一瞥だけになったら誰だってわかるだろ!」
「いや怒ってないんだけど」

成る程、そんな弊害が。
個人に対してのとはいえ、全部の感情吐き出したのは初めてだったからなぁ。冷たい目か。きっと無感情の目がつまり冷たい目なんだろうな。ふんふん。

「いやでも俺フられたし、前みたいに好き好き言っては迷惑では?」
「今更だろ。フられたって、一年は前の話じゃねぇか」
「それはそうか」

確かにあれからずっと好き好き言ってたな俺。周りからもっと遠慮しろよと思われていたに違いない。だって俺も思う。
でも雷蔵くんを愛していた俺だって何も思っていなかったわけではなくて、毎日自ら吐き出した愛情の言葉の羅列の意味の無さに傷ついていたし、そんな俺に応えられず困った顔をする雷蔵くんにとても罪悪感を抱いていた。
だからこそ今の俺が誕生したのであって、短期的に見れば確かに俺の対応差にびびるかもしれないが、長期的に見ればいい事をしたはずだ。だって雷蔵くんは男色ではなく俺の気持ちに応えられないし、あのままではきっと俺はいつか雷蔵くんを傷つけただろうから。
まぁ、今の俺は雷蔵くんへ一切感情を抱けないのでかつての俺が思った事をそうだったはず、と思い出しているだけなんですが。

「別に怒ってはないからさ、許してよ」

友人想いの優しいハチと、ちょうどやって来た前の俺が好きだった雷蔵くんに微笑んだ。

「…名前は、僕の事嫌いになったの?」

雷蔵くんが泣きそうな顔をした。
以前の俺ならどう感じただろう?ええと、可哀想?いや、俺が泣き止ませなきゃ?泣かせたやつぶん殴らなきゃかな?ならぶん殴られるのは俺じゃないか、やだな。
光を通さない鈍い赤黒のアメダマをちらと見て、こいつの為に俺はやれやれと口を開いた。

「嫌いじゃないよ」

俺からの無難な真実の答えに、雷蔵くんはほっとしたような笑みを見せた。

「よかった」

その笑顔の目からは有り有りと、好意が滲んでいる。友情の意味での。
その目に映る俺はやっぱり無表情だったけれど。

…俺の事を愛してくれはしない癖に、大好きなんだと微笑む君は残酷だね。


ああ、これもこのアメダマな前の俺が常々考えていた事の一つってだけだから安心してね、前の俺が愛した雷蔵くん。

アメダマは力を込めて握り締めれば、簡単に潰れて壊れて地に落ちた。


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