男主短編 | ナノ




目を閉じて口付けると、それはなんだかただの人間と接吻しているようで、不思議だ。人間に、キスをする時目を閉じる習慣があってよかったと思う。
目を開けて薄く笑んで目の前の男を見れば、もう数え切れない数して来たというのに未だ慣れないように照れ顔で俺から視線を逸らした。

「慣れろよ」
「無茶言うな」

クスクスと笑いながら言った俺に、怒ったようなブラフで男は呟いた。
一応は客だからな、と出してもらったグレープフルーツジュースをストローで啜り、ああそういえばと男の方を見る。

「ゾンビマンさー、俺の事好き?」
「…っ煩ぇよ!」

顔を真っ赤にして俺から離れたゾンビマンに、なんて明確な肯定なのだろうとぼんやり冷えた思考でただ思う。

「それより名前、お前いい加減ヒーローネームで呼ぶのやめろよ」
「えー。いいじゃん、ゾンビマン。簡潔にお前の特徴を言い表してる。俺好きよ?」

あざとく首を傾げてみる。
だってゾンビマンって呼べなくなるの俺凄く、すっごぉおおおく、困るんだよね。だって呼べなくなったらなんて呼ぶの?本名?は…冗談じゃねぇ。

「け、けど、」
「ゾンビだから、どんなに身体が傷ついたって俺の所に帰って来る。そんな最高のヒーローネームだ」
「…」
「はは、真っ赤じゃん!しばらくはこれで呼びたいの!いいだろ?な?」

勝手にしろ、と茹で蛸色の顔で恨めしそうに俺を見るゾンビマンに、にやにや笑いながら簡単な奴だなと小さく小さく独りごちる。

「なんか言ったか?」
「うん、お前の事愛してるって」
「ッテメェ俺の事からかってんだろ!」

ゾンビマンが強くテーブルを叩きつけたせいで、グレープフルーツジュースのコップが倒れた。それさえ気づかず羞恥の限界だったらしいゾンビマンは、自分の部屋なのに逃げるように出て行った。


「…そろそろかなー」

からかってるか?何それ、そんな生易しいもんじゃねぇんだよばーか。
テーブルに零れたグレープフルーツジュースを指で触れて、付いた水滴を舐める。
やはりさっきと同じく、ひどく、甘い味がした。

グレープフルーツジュースってもんは、疲れてる奴程甘く感じるもんらしい。甘いなぁ。そりゃそうだよなぁ。だって俺さっきまで物凄く疲れる事やってたし、こんな事毎日のように続けて来たんだもんなぁ。

「……ゾンビマン、ねぇ」

生と死の法則を無視した存在。
初めてアイツが目の前で死んで目の前で再生していく様を見た時、俺は摂理の如く二度と動かなくなった過去の両親と恋人を脳裏に描き、世界の理不尽さを嘆き、目の前の存在を酷く憎悪した。
死んだら死ななきゃいけない。人とはそうであるべきで、奴の存在が既に、死者への冒涜だ。

偽善者のふりした言い訳?その通り。
八つ当たり?知ってんよ。
それでも、嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いでッ!仕方ない…!!
なんでアイツは死なないで、俺の大切な人は皆死ぬんだ?!理不尽じゃないか!狡いじゃないか!憎んだって、いいだろう?!

ほらもっと俺を好きになって、俺が居るのが当たり前になって、俺しか考えられなくなる程心に俺を住ませろよ。優しく残酷に突き放してやるから。
身体が死ななくても、心は死ぬんだろ?


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