土と汗の匂いが充満した閉鎖された空間で、僕はまた踏子を穴に突き立てる。どんどん深まっていく穴に、笑顔になる。掘ってる時は下向いてるから、誰も僕が笑ってるかなんて知らないだろうけど。
汗が目に入って、思わず目を瞑り腕で顔を乱暴に拭う。もうちょっと。もうちょっと。
「喜八郎!」
「…なぁに、滝。煩いなぁ」
「煩いじゃない!お前この辺一帯ぼこぼこじゃないか!何時間掘ってるんだ?!」
知らない。昨日の夜から。
見上げれば、怒った顔の滝と太陽の光で眩しい。僕は目を細める。
「飯も食わずに半日掘ってたのかお前は…!」
「わかってるんじゃない」
「本当にそうなのかッ?!」
あらまぁ、墓穴。
こうなると滝は面倒臭いから嫌だな。でも、今日は言うこと聞いてあげられそうにない。
「行くぞ!」
「やだ」
「喜八郎、我が儘もいい加減に、」
「華帆さんが迎えに来てくれるまで、やめない」
僕が穴を掘るのをやめる時は、華帆さんが迎えに来た時だけ。だから華帆さんが来るまではやめない。
絶対、やめてなんてあげない。
「…喜八郎、白雪先輩は、」
「華帆さんは作法委員会の日は迎えに来るもの」
いつも、いつだって、迎えに来てくれたもの。だから華帆さんは来る!
「…喜八郎、まさか昨日の委員会――」
「華帆さんが来なかったから、昨日は委員会無い」
「白雪先輩は天女の世話が忙しくて来られなかったんだろう。それに委員会は自分から行くものだ」
「滝の意地っ張り。滝だって嫌なくせに」
いつも僕と話している間に、委員会だよって笑顔で華帆さんが来たら、滝は凄く嬉しそうにする。
立花先輩には怒られそうだけど、僕は先輩より滝より誰より華帆さんが好きだから、曲げない。
言葉に詰まったらしい滝に、僕はまた穴堀りを再開する。
「また無言で掘り始めるな!」
「…」
「…はぁ、今は部外者がいるんだ。あんまり掘ると天女が落ちるぞ」
天女って、あの華帆先輩と一緒にいるちんちくりんでしょ?
僕が何で、今日はずっと蛸壺じゃなく穴掘ってると思ってるの。天女が落ちないように、なんて本末転倒。
「天女なんか落ちて死ねばーか」
「喜八郎ッ!」
滝の意地っ張り。滝だってそう思ってるくせに。