天女様と砂糖菓子

一度椿さんの部屋に戻り二人でお話する事になったので、私は椿さんと向かい合って座布団に座りながら、少しの緊張と共についに椿さんに本題の質問をした。

「伊作先輩を今回の件に関わらせた理由って一体なんなんですか?」

そりゃ、確かに結果的には丸く収まった。伊作先輩は巧みに善人となるよう仕立て上げられた。
…でも。砂糖菓子を好いていた頃の伊作先輩との顔合わせは、いくら椿さんだって安全と言い切れるものじゃなかったはずだ。わざわざそうする理由がどこに…?
私が意図せずそんな文次郎先輩と同じ疑問を抱いて聞くと、椿さんはゆっくりと私から視線を逸らした。え?

「こ、答えられない理由なんですか…?」

それは、実は私としても困る。
私は椿さんを好きだから彼女が元の世界に無事に帰り居なくなった後であろうと、学園に嫌な評判は残したくない。
でも立花先輩が伊作先輩に拷問のような事をされた以上、それを学園に報告しないのは無理な話で。私が話さなくても立花先輩本人が話すだろうし…文次郎先輩が学園への報告を怠るはずもない。
だから、表面だけ見た悪評を噂されるよりちゃんとした理由を聞きたい。椿さんが何の意味もなく自分の身を危険に晒したとは思えない。
私の情けない声を聞いた椿さんは視線を私に戻してくれた。それからとても子供っぽい顔をする。

「えー…言わなきゃダメー?別に天女様の人智では到底考えもつかない気まぐれによって、善法寺伊作は巻き込まれ見事更正しました、ちゃんちゃんっ!でよくない?」
「椿さん」

質問の意図を理解した上でふざけている椿さんに、嗜めるように名前を呼んだ。椿さんは拗ねたような顔で私を見る。

「…じゃあ、交換条件。帰る前に白雪ちゃん立花君とちゅーしてよ、ちゅー。室町風だと接吻!いやん、美男美女のキスシーンとか眼福!」
「…怒りますよ?」

恥ずかしくて真っ赤になりながら睨めば、椿さんは肩を竦めた。
思えば、落ちて来た直後の椿さんはだいたいこんな感じだった。これが椿さんの素なんだろう。最近が切迫して素を出せていなかっただけ。

「どうしても言わなきゃダメか…じゃあね、ちゃんとした交換条件にするね」

もう半ば答えを聞くのを諦めていた私に、しょうがないなとお姉さんの顔をした椿さんが折れてくれた。
私は目を輝かせて、立花先輩関係以外ならなんなりと!と言葉を待つ。

「私ね、椿ってあんまり好きじゃないんだ。…いや、あんまり回りくどいのもアレか…えっと、つまり何が言いたいかと言うと、私の事苗字じゃなく名前で呼んで欲しいなー…なんて」

それだけ。引っ張ったわりに、たったそれだけ。
でも不自然な程下から窺うように言った椿さんにとっては、そのそれだけが、椿として生きて来た事がどれ程重い意味を持つのか。
私は自分に出来得る限り一番の優しい笑みを秋葉さんに贈った。

「そんな嬉しい条件なら、喜んでですよ」
「本当?!あ、後私も華帆ちゃんって呼びたい!」
「はい、もちろんですよ秋葉さん」

きっと私にとっても秋葉さんにとっても、私達は一番の友達だ。

「それで、素敵な条件はいいとして伊作先輩を巻き込んだ理由をお願いします」
「…華帆ちゃんは抜け目ないなぁ。わかった、言うよ。言いますーぅ」

やっぱり空気に任せて誤魔化そうとしていたらしい椿さんは、口を尖らせ話し出した。

「だってあのまま善法寺伊作放置してたら、絶対アイツいつかは華帆ちゃん殺してたもの。どんな事情があろうと華帆ちゃんが私を助けてくれてたのには変わりないし、私借りは返す主義なの。それだけ」
「…秋葉、さん」

それはつまり、全部私の為って事じゃないか。あまりの感動に目が潤む。
…けど、秋葉さんの話に出た話題に感動している場合じゃないと気づき、慌てて顔をぶんぶんと横に振り湿った空気を吹き飛ばした。
秋葉さんが帰る前に言わなければいけない事がある。あった。

「あ、あの秋葉さん。私が秋葉さんの世話係になったのはその…私の部屋に落ちて来たのもありますし、監視目的でもあります。でも確かに秋葉さんも恐らく察されているように一番の理由が他にありまして…」
「うんうん、と言うと?」

軽く聞いて来る秋葉さんに苦虫を噛み潰したような気持ちになる。軽い話じゃない。言ったら嫌われるかもしれない。
でも言わないで何も無かったふりして友達なんて、言えないし言われてはいけない。

「実は秋葉さんが落ちて来る前…私、軽はずみに…立花先輩を巡る強力なライバルでも現れたら私も変われるかな、と。…すぐ心中で否定したんですが、時既に遅しとばかりに屋根を突き抜け秋葉さんが……」

自分で言っていて随分な話だと思った。秋葉さんの漸く掴んだと言っていた幸せな日々をぶち壊したのは、言うなれば私だ。それを棚に上げて…顔見られない。
自分が不甲斐ないだけの一人で解決すべき問題に、自分の都合だけで巻き込んだ。そして椿さんは自分さえ壊しかけた。

「っふ…」

…ん?
私が自責の念で打ちひしがれていると、押し殺したような笑い声が聞こえた。私が驚いて顔を上げると、今度は思いっきり笑われた。え?

「あははははっ!成る程、強力ライバル!だから華帆ちゃんあんなに私を怖がって、ふふ…あんまりにも過剰に立花君と接触させたがらないなって、成る程…!」

ぽかんとして、えっ今の笑う所?怒ってないの?と目を白黒させて椿さんを見ていると、笑いの余韻が残った緩んだ顔で私の頭の上に手を置き、乱すように私の頭を掻き撫でた。

「まぁ思ったより面白かったけど、ほぼ予想通りかな!」

そうやって容易く私の心を救うから、椿さんは天女様なんかじゃなくったって私がこの先永遠に一番信じられる人なんだろうと思った。
椿さんが頭が良いからとか、そういうのじゃなくて、そのたった一言に溢れんばかりの私への優しさを感じたから。

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