天女様とファン心

伊作先輩が治療したとはいえ、一先ず医務室に行く事となった立花先輩を文次郎先輩に任せ、私と椿さんは土井先生に会いに行った。
私も伊作先輩にかなりの力でお腹を蹴られたので、同じく治療してもらったとはいえ軽傷とは言えないし、立花先輩には一緒に医務室に行くよう言われたけど…残り少ない時間、私は椿さんと少しでも長く一緒に居たかったから頭を下げてお断りした。後悔はしたくない。
ちなみにその間ずっと伊作先輩は椿さんに対して跪き、幸せそうに微笑んでいた。椿さんが見えなくなるまでそうしている図は正直怖かったし、あれはもしかして見えなくなっても暫くそうしている気かもと思った。

土井先生なら一年は組に行こうかなと行き先を決め歩きながら、隣の椿さんを窺い見る。椿さんは笑顔で優しく目で促してくれた。

「あの、いくつか質問いいですか?」
「いいよ、帰ったらもう答えてあげられないし。なぁに?」

極自然に言われた事が寂しかったけど、それが椿さんの悲願なんだからどうしようもない。
私はまず軽いものから、と一つ目の質問を口にする。

「どうして急に、土井先生なんですか?」

椿さんが来てから土井先生と彼女に特別な事は何もなかったと思う。会話さえ一度もしていなかったはずだ。なのに、何で最後になって会いに行く人が土井先生なのか。

「え、余裕出来たしどうせなら最後に楽しみたいから?」
「楽しむ…ですか?」
「うん。私、年上好きって確か白雪ちゃんにも話した事あったよね?好きになるキャラも例に漏れず年上で、しかも王道所なの。だから土井先生」

…。答えてくれたのにまるで意味が理解出来ない。椿さんの頭脳が人並み外れてるのはもう理解したけど、これは私の頭が悪いの…?

「ふふ、わかるように言うと…どうせなら一番好きな有名人に最後に会いたいって話」
「…土井先生が有名人、ですか?」
「そう。この世界で生きている白雪ちゃんは知らなくていい…知るべきじゃない話だから詳しくは教えてあげないけど、今忍術学園に通ってる人の多くは私にとって有名人なのよ。何があろうと会えなかった有名人」

だから最後に思いっきりファン魂炸裂させるんだー!とそれはそれは楽しそうな椿さんを見て、結局全然話はわからなかったけどまぁいっかと思った。
その通りに、知るべきじゃない話なんだろう。異世界から来た椿さん以外知らない話をこの世界の私が聞くのは、禁忌の香りがする。
そう話しているうちに、早くも目的の場所に到着していた。教室の中の会話から察するにちょうど座学の授業が終わった所みたいだ。

「着いちゃいました」
「あら。じゃあ次の質問はこの後という事で。ちょっと話したいだけだからすぐ終わるし!待っててね!」

一人で教室に飛び込み小走りに土井先生に駆けて行く椿さんを、彼女なら大丈夫だとは知っていても心配なものは心配で、ハラハラしながら見守る。
耳を澄ませれば会話は聞こえるだろうけど…さすがにもう監視の必要が無い個人の会話を聞くのも悪いなと目だけで行動を追った。
椿さんは笑顔で土井先生に声を掛けると、そのまま楽しそうに会話していた。最初は突然椿さんから話し掛けられて何事かときょとんとしていた土井先生も、私の姿を確認してからは普通に会話している。問題は何も無さそう。
…土井先生かぁ。私も、迷惑掛けたな…。土井先生が理性的な常識人で大人だったから今もこうして顔を合わせても問題無いけど…後で謝ろう。そして言わないとは思うけど口止めさせてもらおう。
私が過去の、ハリボテの砂糖菓子だった頃の自分の過ちに項垂れていると――急に、椿さんの空気が変わった。
それは妖しく。艶美で。目眩がするような。人を狂わす蠱惑の眼。

私が、いや私も唖然としていると椿さんがやり遂げたとばかりに爽やかな達成感溢れる顔で戻って来た。それにはっとして、椿さんが今した事の意味を考え、相応しい視線を彼女に送る。

「…」
「えっ、白雪ちゃんに軽蔑された目で見られた。生きてていいのか不安になる」
「生きてください」
「白雪ちゃんのそういうとこ私好きよ」

笑顔に思わず、私も椿さん好きですよ、と誤魔化されかけたけどそうはいかない。

「椿さんには愛する彼氏さんが居るんじゃないんですか?」
「そりゃそうだけど、永遠に会えるはずの無かった憧れの二次元と対面してしまったからにはボディタッチぐらいは許されないとおかしいよ!」
「異性の頬に接吻は、恋人が居るのにやってはダメな範囲だと思います」
「そんな…っ!だって土井先生だよ?!皆の初恋、土井先生!!大丈夫だよ彼氏にバレようが無いし!いっそ土井先生の頬にキスしちゃったって本人に話しても、ポスターとか画面にだと思われて私痛い子で済まされるよ!!」
「道徳心の問題です」
「うぐっ…」

正しく有名人に会った時のように興奮していた椿さんも、言葉に詰まるところを見ると悪い事をしたという自覚は多少なりあるみたいだ。
それに椿さんは頬への接吻ぐらいって思ってるみたいだけど、問題はそれよりあの醸し出した空気だと思う。…私がもしあの空気出せてたら、土井先生でももしかしたら…いや、何張り合ってるの私!落ち着いて!!

「別に浮気じゃないもん。憧れの有名人みたいにしか見てないもん。高校生の時なら未だしも、夢小説卒業してからの数年の月日は私から二次元への恋心を奪った…」
「まぁもう過ぎた事ですし…いいですか?帰ったら理由は言わなくていいですから、彼氏さんにごめんなさいするんですよ?」

拗ねたように言い訳を続ける椿さんに、私もいつまでもこの話をしていても仕方ないと折れた。

「えー、いきなり理由言わずに謝ったら変な人だよ」
「変でもするんです」
「えー?」
「椿さん、ごめんなさいしなさいっ」
「…ちっ、萌えた。わかったするよ。もう、その可愛さは卑怯だぞくそー」

口を尖らせ折れてくれた椿さんに微笑むと、椿さんは口元を歪ませてもう一度くそーと呟いた。

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