別れの言葉はさようなら

華帆ちゃんと、日が落ちるまで他愛ない話をした。時間が経つに連れて段々と口数は減って、すっかり黒くベールでもかかったような外を見て二人同時に立ち目を見合わす。

「そろそろですか」
「そうね…そうみたい」

CGでも無いのに半透明になり、キラキラと冬の朝の雪面でも見ているように光っては溶けてまた薄くなる手を目の前で観察するようにひらひら振ってみせれば、華帆ちゃんの息を飲む音が聞こえた。

「そうやって…消えるんですか。夢のようですね」
「ええ、最初から夢みたいな話だもの」

胡蝶の夢って、室町の人は知ってる話だったっけ?夢を見ているのは蝶か人か。夢を見ているのは私か貴女か。

「例え夢でも、私一生華帆ちゃんの事忘れない…忘れてあげる事も出来ない」

白雪華帆は、私の初めての親友だった。
私はいつも心を開けないで浅い人付き合いで止めてしまうし、人によって不幸の感じ方なんてそれぞれで不幸に順位も大小も無いなんて頭では理解していても、心の底までは優しくなれなかったから。
だからもし万が一私が彼氏以外の誰かに心を開いたとして、それは私と同じかそれ以上に辛い体験をして来た人だと思ってた。此処に落ちる前までの私が今の私を見たら、驚愕なんてものじゃ済まないだろう。それもまた、面白いけどね。

「っ私の方こそ、…秋葉さんの事、生涯忘れてなんてあげません」

涙ぐむ華帆ちゃんを、透ける両手で抱き締めた。
きっともう一生会えない、彼氏と別でだけど同じぐらい大事な、私のもう一人のたった一人。矛盾しているようで、でもそうとしか言いようがない。

「ふふ、立花君に嫉妬されちゃうな」
「…しませんよ」
「恋は盲目よねー。してなかったら私を射殺さんばかりにさっきから睨んで来るそこの人は幻覚なのかな?」
「へ?」

気配に敏感なはずの華帆ちゃんが、慌てて私の視線の先である後ろを振り向いて声にならない声を上げていた。それだけ私の事だけ考えてくれてたんなら、彼氏からの殺気の一つや二つ笑って許してあげよう。

「立花君、華帆ちゃんに嬉しいのと夜以外は泣かせちゃダメよ?」
「…言われなくても」
「いや、待ってください。夜ってなんですか、夜って!!」

かるーい下ネタで湿っぽい空気を僅かに和ませて笑って、立花君の方を見ながらも私の着ている洋服の裾を淡く握って離さないようにしている華帆ちゃんの可愛い抵抗に、立花君と目を見合わせた。
華帆ちゃんに気づかれないよう視線だけで私を嫌って来るんだから、本当嫉妬深い男。まぁそれぐらい華帆ちゃんを愛してなきゃ安心して帰れないけどね。

「えいっ」
「…え?っひゃ?!」

霞がかった身体じゃどこまで力が出せるかわからないから、結構全力で華帆ちゃんを押せば、さすがにろくに鍛えていない女の柔腕と言えども華帆ちゃんはふらついて立花君に受け止められた。

「ほら、最後の餞別はー?」
「っ秋葉さんって、本当我が儘…!」

そう言いながらも、顔を真っ赤にして立花君の着物の襟を掴んで引き寄せ、迷いなく目を閉じた華帆ちゃんは、最高に可愛い女の子。私が守った宝物。
一人状況を掴めず、華帆ちゃんと同じ真っ赤な顔で愛しの彼女を見ている立花君にひらひらと手を振った。

立花君の襟を掴んだまま、その胸に顔を押し付け震えている華帆ちゃんはもう私を見ないだろうから。いい。それでいい。
私と貴女のこれから生きて行く世界は違うんだから、これ以上お互い揺るがされる必要なんてない。
そう考えて立花君の方に突き飛ばした私の意志を、彼女も理解している。だって親友だもんね。立花君より解り合ってる事だって両手じゃ数え切れないぐらいあるんだから。

「華帆ちゃん、さようなら」
「っさ、よう…な、ら、秋葉、さん…!」

さようならは、左様なら。
二度と帰らない事を諦め、潔く永久の別れを承諾する言葉。

夢のように視界が溶けて光と同化し、私は帰る。帰りたいから、自分で選んだ。


目を開けると、久しぶりに見た自分の部屋が時間なんてまるで経っていなかったように私を迎え入れた。
そうしてせり上がって来た喪失感に、私はやっと声を上げて子供のように泣き喚いた。

さようなら、私の永遠の親友ちゃん。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -