作法委員長の動揺

「…ま、白雪なら大丈夫か」

小屋から出て行く二人の背を情けない顔で見ていた文次郎が、ふと何かを吹っ切ったように笑み言った。
私はわざとらしく深い溜め息を吐き、その場にあぐらをかいて座る。もうあんな女知るか。だいたい、いきなり私を拷問したかと思えば今は黙ってにこにこと大人しく壁の隅で立っている伊作といい、何やら影で動いていたがあくまで私の味方らしい文次郎といい、目的の検討もつかない行動を取る椿といい、そんな女を嫌いになりたくないなどとほざいた白雪といい、もう全ての意味がわからん。

…いや、全てではないな。

「文次郎」
「あ?白雪の事なら、椿さんも何だかんだ白雪を好きみてぇだし大じょ、」
「お前白雪の事好きだろう」
「……」

良薬でも舐めたような顔で黙り込んだ文次郎に、呆れる。白雪を好きな奴が多いのは周知の事実だ。私と白雪の仲が悪いのとお前の恋路は関係ないし何を遠慮しているのか。
文次郎は何かを思惟するように俯いて数秒黙り込み、俺の一番の秘密だったんだが…まぁ、もういいかとぶつぶつ言いながら諦めたような表情をして顔を上げた。

「お前さ、二年の初めに俺の前で泣いた事覚えてるか?」
「は?」

突飛な話に、顔を歪めて聞き返す。真面目な顔で人の恥辱的な過去を掘り返した文次郎もだが、え、仙蔵泣いたの?文次郎の前で?と言わんばかりに嬉々とした野次馬好奇心を目にいつもの調子で此方を見てくる伊作も腹立たしい。考えてみれば、コイツは前々から性格が歪んでいた気がする。

「お前は、完璧になりたいわけじゃねぇのに完璧を押し付けられんのが辛いと言った。努力してんのにそれを無視されんのも、出来んのが当たり前の扱いで褒められねぇのも嫌だって」
「勝手に人の黒歴史を暴露して行くのをやめろ」

何なんだコイツ。やっぱり私の敵なのか?人の幼い時の甘えを伊作の前でつらつらと…!くそ、伊作め…この私をにやにやとした目で見おって。

「伊作は放っとけ。アイツは…たぶん色々気にしねぇ方がいい」
「…そうだな」

しかし私が伊作の目を気にしなければならないような事を言い出したのは誰だと思っているのか…事が終わったら覚えておけよ。

「…俺は、お前が俺を頼ってくれたのが嬉しかった。俺はあの頃、お前に才能じゃ全然敵わなくて壁みたいなもんを感じてたんだが、あの時泣きながら不満をぶちまけたお前を見て、親友になれると思った」
「……そうか」
「それをお前に教えてくれたらしい白雪華帆に、俺は感謝した。白雪華帆が好きだって泣きながら笑ったお前に、俺は心からお前等の幸せを願った」

…嫌な過去を思い出させてくれる。

「その後、実際に白雪に会って名前を聞く前に好きになったのは誤算だったがな。名前を聞いた時死ぬ程後悔した。買った扇子は渡さなかった。それが椿の花の模様だったってのも皮肉だがな」
「あの頃の私と今の私は違う。お前が遠慮する意味はない」
「…お前と白雪は似てるよ」

きっぱりと言った私に、文次郎は逆に宥めるように言った。

「俺は俺自身より仙蔵が好きだし、白雪が好きだ。だから、お前等が幸せになってくれたら結局それが一番嬉しいんだ」
「それは、」
「無理じゃねぇよ。諦めなくていいじゃねぇかよ。白雪がお前を好きじゃなくても、お前は好きでいいだろ?それに白雪だって、」

示し合わせたように椿が前に言っていたのと同じような事を言う文次郎が全てを言い終わる前に、小屋の扉が勢い良く開いた。


「立花先輩!」
「っどうした?!」

白雪が僅かに声を裏返しながら私の名を呼び、入って来る。私はすぐ白雪に駆け寄った。
関係は良好と言えないとはいえ、私も白雪も同じ学園で忍を志す身。心配したのはおかしくない。

そう自分に言い訳する。
文次郎の気持ちはわかった。それでも、そんなに急に割り切れるはずがない。私は馬鹿じゃない。文次郎が続けようとした言葉も察している。それでもコイツが私を好きになるなんて、そんな幻想のような話はとうの昔に諦めたんだ。一方的に好きで探して追い掛けて他の奴に笑っている姿を見つけては傷つくのももう疲れた。

だが、肩で息をする白雪はそんな私の想いを粉々に砕くように、真っ直ぐに私を見て、言った。


「私、白雪華帆は!貴方の事が、大好きです」

満面の笑み。やんわりと上気した頬。真っ直ぐに向けられた好意。
そんなものは、初対面のあの時以来で私は――言葉の意味を理解する事や不振に思う事さえ忘れ、不覚にもただただ白雪に見惚れた。

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