砂糖菓子と天女様

私が二人だけで話したいです、と言うと、椿さんはあっさりと私と共に小屋を出た。その時、伊作先輩が奇妙な程に椿さんに従順な事には仄かな恐怖を覚えた。でもこれは、椿さんに対する恐怖ではない。
私は、椿さんに怯えたりしない。

椿さんに向き直ると、椿さんはとても寂しそうな目で私を見ていた。被害者ぶるのではなく、まるで自分が加害者なのは仕方ないと諦めているような…それを決めるのは、椿さんじゃないのに。

「椿さんは、私の事が嫌いですか?」
「…嫌いじゃないよ」

迷ったような顔をしてから、自嘲しながら椿さんはそう溢した。
それから私から目を逸らし、上に視線をやる。当然、そこには夕焼け空が広がっているだけで何も無い。何も無いけど、椿さんが空でもない何かを見ている事は察した。

彼女は空から落ちて来たから。

「でも、それより帰りたい。首の繋がった姿で、まだ咲いていたいの」

その切羽詰まったような震える声は、嘘じゃない。
数秒椿さんの言った言葉の意味を考え、気づいた。椿。椿の花は、その生涯を終える時花弁だけではなく、花をごろりと地に落とす。それは度々、人が首を落とす様に例えられた。
けれど、何故わざわざ切迫したような今そんな話を私にしたんだろう…?そういえば、前にも椿さんは私に、白雪ちゃんの方が椿の花が似合うなんてそんな事を言った。

「ねぇ白雪ちゃん、私やっぱりアナタが好きよ。私に優しい人は確かに好きだけど、何よりアナタの強さが好き。私もね、必死に強く生きて来たから、努力したアナタの強さがとても好き」

悲しそうに目を伏せながら、椿さんは淡々と私を好きだと繰り返した。
それから、これはアナタに関係のない話だし言う必要性も無いんだろうけど、と前置きをして…椿さんの目から光が消えた。

「私はね、本当は春花って名前をつけて貰えるはずだったの。でも秋葉。椿は秋に咲いてはいけなかったのに。その後の事は、それの弊害ね。物語に出来る程大きな事はない、小さな傷の繰り返し。どこにでも転がってる、ありふれた、ありきたりなお話。でも、私にとって永遠に忘れられない。ただ息をしているだけの、生き地獄だったわ」

きっと私は、彼女の今までの人生を話してくれたんだろうその話を、半分も理解出来ていない。だって幸せだったから。此処より平和なはずの世界から落とされた椿さんより、私は家族にも友人にも恵まれ、それはそれは彼女にとってしてみればきっと夢のように幸せな日々を、当たり前に生きていたから。
私が泣くのは、彼女に失礼だと思った。

「わからなくていいよ。死ぬまでわからないでいて」

優しく、聖母のように女神のように天女、のように彼女は微笑む。
私より、貴女の方が強いじゃないですか。自分がどれだけの不幸を体験したって人の不幸を望まず、私に優しい貴女はとてもとても。

「…私が言いたいのはね、そんな底辺から勝ち取った私の幸せを、返して欲しいの。善法寺伊作っていう目に見える明らかな不穏分子はついでだから私が取り払ったわ。ほら、早く幸せになってよ、私の為に」

強い。椿さんは強い。でも、彼女はきっと本当はそうなりたくてそうなったんじゃない。そうじゃないと心が生きていけなかったんだ。そんな闇は私には到底想像もつかない、けれど。
私は、椿さんに強く居て欲しいんじゃない。彼女が天女だから好きなんじゃない。だから、


「――無理に、強がらなくていいよ?私にまで演技しなくて、いい。全部私のせいなのに、椿さんが私の為に頑張ってくれたのちゃんと分かってるから。自分の美徳を隠さないで誇ってよ」

自分を過剰に悪者にする、優しい椿さんの演技はとても上手で、騙されてもおかしくなかった。きっとこの演技は椿さんの防衛線。私を好きだからこそ、嫌われたくないと思いながら好かれる自信が辛くなるぐらい無い椿さんは演技した。
きっと見破れたのは私が椿さんを大好きだから。

「っ…私の演技見破ったの、アナタで二人目」
「一人目は?」
「…元の世界の彼氏」
「じゃあ、早く帰ってあげなきゃだね」

涙ぐんで壁を壊した椿さんは天女なんかじゃない。天女に見えるよう強がってしか生きられなかった一人の女の子。
彼氏さんも、とても椿さんを大好きなんだね。彼の為にも早く、返してあげなきゃ。

「…私の幸せの過程に白雪ちゃんが居たから、必要以上に頑張っちゃっただけ。正当な見返りをちょうだいよ…親友ちゃん」
「ええ、ありがとう。見てて、親友さん」

まだ少し、わかりやすく強がり顔を紅色に染めながら窺うように言った椿さんに、私は満面の笑みで応えて小屋へと二人で戻った。

親友の彼女を元の世界に返してあげる呪文を、私は知っている。

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