砂糖で固めた理想論

ただ殺してお仕舞いにする程、単純な人間でも純粋な人間でも、まともな人間でもない。

どうして僕はこうなってしまったんだっけ。

「仙蔵。…せんぞー。もう返事も出来ない?」

大切な友人の頚動脈のすぐ横に小刀を充てながら首を傾げる。
不運な僕は、よくドジでまぬけな警戒しなくてもいい奴として見られる。でも、此処に入学した頃には既に僕は捻くれていて、ああせっかくそう油断してもらえるなら優しい顔をしてみようかなんて考えていて。
弱くて優しい不運じゃ、忍者としてやっていける訳がない。忍術学園で六年まで在学していられるはずもない。

「せんぞ、僕の事…怖い?」

おかしいな、気は失ってないはずなのに返事が無いや。失血させ過ぎたかな。確かにもう部屋中真っ赤で量はわかりづらいけど、まだその段階じゃないと思ってたのになぁ…仙蔵は筋肉無い訳じゃないのに細いからかな。
じゃあ仕方ないね。仕方ないよね。


「伊作」

小屋の扉が開く音と共に後ろから掛けられたその声は憐れむような響きで、瞬間的に怒りが身体中を駆け巡った。でもそれは形になる前に別の声に溶かされる。

「…どうして?」

その涙声の甘い響き。砂糖菓子。仙蔵と同じ、僕だけに向けられた他と違う声。
笑顔で振り返った。なのに彼女は僕を見ていなかった。仙蔵を見ていた。ひどい。

「どうして?」

偶然にも、僕の発した疑問の声はさっき砂糖菓子が発したものと同じ。
忍たまとして五年以上授業を受けて来た身は、判断するより先に勝手に動いた。真っ直ぐ心臓に向かって伸びた苦無を小刀で防ぐ。視線を下げる。

「失せろ」

それは普段彼女が仙蔵にだけ掛ける罵倒に近く、けどその憎しみを貫き真っ直ぐ僕の目を睨み付けてくる目は、あれ、僕はこんな彼女さえ見てみたかったはずで、なんで胸が、痛い?さっきの攻撃、防ぎ切れてなかった?

「仙蔵の事、すきなの…?」

次から次へと繰り出される確実に急所を狙ったまともに受ければ致命傷は免れない攻撃を、性別差から来る身体能力の僅かな違いと一年の実践経験の差からなんとか避けながら、聞いた自分に一番動揺した。

「そうよ…ッ!!」

叫んで認めた砂糖菓子。僕の優しい砂糖菓子。君だけが卑屈で性格の悪い僕を見ても笑って優しい言葉を掛けた。それはきっと偽物なんかじゃなかったけど、割れる。幻想。

彼女も人間だった。

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