束の間の平穏

珍しく、今日は一度呼んだだけじゃ椿さんは起きなかった。
って言っても、三回目ぐらいには起きたんだけど。

「っ!…あ、白雪ちゃん?おはよー!ごめん、昨日夜更かししちゃって!あー、嫌な夢見た!すぐ支度するから、ちょっと待っててね?」

びくりと一度体を震わせ跳ね起きた椿さんの長い科白に、相変わらず寝起きいいなぁと少しも疑う事なく感心して、私は椿さんの支度を待つべく部屋の隅に座った。
椿さんは元から覚えが良かったようで、今では全く私の手伝いなしに着物を着る事が出来る。

「ごめん、お待たせしましたー!じゃあご飯行こっか!」
「はい」

明るく笑って手を引く椿さんの後ろに付きながら、そういえば今日は立花先輩に挨拶に行かなくていいんだな、とほっとしたような…残念なような。
でも、昨日の今日で流石に平常心は無理だろうから、やっぱり良かったかな。

「…あの、ところでさっきからどうしてそんなに私の顔見てるんですか?」
「え、かわいいなぁと思って」

にこにこと握られていた手にさらに痛くない程度に力を込めた椿さんの顔を見返す。

…うん、やっぱり椿さんの方こそ、美人だ。
椿さんに向けられる鋭い視線はまだ確かにあるけど…でも、特に問題を起こさない椿さんを未だに嫌っている人は、多数派では無くなったと思う。椿さんは美人だし、今ではむしろ好意を持った視線だって感じるぐらい。
学園は確かに、椿さんを受け入れ始めている。

「そうだ、白雪ちゃん。聞きたい事があるんだけど…この世界での善法寺君って、危ない感じの薬にも詳しい?」
「え?はぁ、たぶん詳しいと思いますよ?」
「そっかー、さすが保健委員長」

振り返る。
何か、難しい顔をしていた椿さんは私に気づき顔を上げ、微笑む。

「いやね、私実は医療系志望で、聞きたい範囲があったんだけど…まぁ、無理だね。ごめんね、気にしないで!」

明るく話す椿さんに、引っかかるものがあった私は、そのまま椿さんを見続けた。
椿さんの笑み方が変わる。それは、どこか陰を背負ったものに。


「ねぇねぇ、白雪ちゃん。もしこの先何があっても、私の事信じてくれる?」

見つめ合う。三秒の沈黙。
私は繋いでいた手を緩く解き、下に視線を逸らした。

「……何があってもと言われると、保証は出来ません。私はくのたまなので」
「そっかー…」

残念という風でもなく、私に言った言葉というより自分がただ受け止めるように、椿さんは呟いた。

「でも、私は信じてるからね」

だから私を――ないでね。

椿さんが今まで聞いた事のないぐらい低い声音で呟いた言葉が聞き取れなくて、顔を上げた。椿さんが私の隣を通り抜ける。
何だろう、これは。どうして私は椿さん相手に緊張なんて、、

椿さんは椿さんの後ろ姿を見たまま動かない私に、いつもと変わらない笑顔で振り返ると首を傾げた。私は、気のせいかと笑顔で首を振る。
一抹の不安を抱えながら。

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