勝手に鳥肌の立った肌を隠すように腕を後ろに回し、俺は目の前の女を再度目を凝らして見た。女は微笑むばかりで、自分の耳を疑いそうになる。
…俺は、椿秋葉に対して随分な思い違いをしていたのかもしれない。
「良い作戦でしょう?」
「……ああ」
恐怖を覚える程に。
一見無邪気に喜ぶ椿さんを見ても、俺はもう今までのように無力だが問題ない人間だとは到底思えなかった。
この女はあの白雪さえ騙し切っていただけだ。
「…此処程戦争の無い平和な所から来たと聞いたが、デマか?」
「本当だよ?世界というより国内の問題だけど…少なくとも私に戦争経験はないしね。ただ、自殺者数はかなりのものだったけど」
焦がれるように話す椿さんは、単にその世界を思い出し焦がれているのだろうが、言っている内容はかなり悲惨なものだ。
椿さんは俺の引き攣った顔に気づいたらしく、くすくすと笑い出した。その感情は読めない。
「大丈夫よ、私弱いから。潮江君なら瞬殺出来ちゃうよ」
ああ、その通りだ。だからこそ俺は貴女を殺せない。それを知っていて言っているんだろう。
あくまで肉体的に有利なのは俺の方。ゆえに、俺は椿秋葉の提案を断れない。
何故なら、この女は俺の秘密を知っていると言外に臭わせそれを前提とする事で脅しているからだ。もちろん、とてもわかりにくく。
俺がそれを悟る絶妙な線引きで。
「貴女は何者だ」
「普通より幸せに執着しているだけの、ただの現代人よ」
一瞬、その目に歴戦の戦を潜り抜けてきた阿修羅のような獣染みた色が宿った気がして、俺は視線を逸らした。
聞くんじゃなかった、と、この人生で二度目に思った。