その存在全てが甘い子だった。隣に居るだけで幸せな気持ちになれるような子だった。
「伊作先輩!」
ふわふわの髪を揺らしながら、白雪ちゃんは駆け寄ってきた。僕は血の気が引くのを感じる。
本来なら、あのふんわりとした笑顔に心を踊らせるところだけど、今はそんな場合じゃない。白雪ちゃんが保健室に来たって事は、つまり、そういう事だ。
「今度は骨を折ったの?!それとも、」
「そんな大したものじゃありませんよー。これだけです」
すっと左手を上げた白雪ちゃんに、目眩がする。
大したものじゃないなんて言うのはどの口だ。大したものな程度には、肉が見えるぐらいざっくりと左腕が切れていた。
「…君が努力家なのは知ってるけど、」
「行儀見習いで一くくりに弱いって言われるの、嫌いなんです。許してください」
白雪ちゃんはそのふんわりとした外見と甘い性格に似合わず、五年生にも拘らずくのたま全体でも三本指に入るぐらいの強さを誇る。
白雪ちゃんが類い希なる努力の末にその結果を残してるのは、誰の目から見ても明白だ。だから、白雪ちゃんがいくら男にモテても、白雪ちゃんの意思とは無関係に他の子の彼氏が白雪ちゃんを好きになっても、誰も白雪ちゃんを責めない。
それは告白される度に白雪ちゃんが泣きそうな顔をするのにも理由があるだろうけど。
「おい、伊作居る…」
「あ」
白雪ちゃんの腕の手当てをしていると、突如保健室に入ってきた彼の姿に僕は思わず固まった。入ってきた本人も苦笑いで複雑そうな顔をしている。
当の白雪ちゃんはと言うと――
「伊作先輩、私そろそろ失礼しますね」
「いや、駄目だよ。まだ手当途中だから」
保健委員長として反射的に、無表情で出て行こうとする白雪ちゃんの怪我していない方の腕を掴んだ。
いつも笑顔な白雪ちゃんが無表情になるのは珍しいけど、こと相手が仙蔵となると、それは途端にいつもの光景となる。
仙蔵の方はまだそうでもないようだけど、白雪ちゃんはそれはもう徹底的に仙蔵が嫌いらしかった。
「…伊作に用があるだけだ。白雪に用は無い」
「アナタの顔を見るのが嫌なだけだから。それに私に用があってもらったら困る」
敬語すら使わないし、何より仙蔵の顔を一貫して見ない。口調こそいつもの柔らかいものだけど、言動が圧倒的に刺々しい。
仙蔵はため息を吐いて腕を組み、威圧するように白雪ちゃんを見下ろした。
「相変わらず私の前では猫がはがれるな」
「純粋にアナタが嫌いなだけですよ」
笑顔で言われたそれに、仙蔵は頬を盛大に引きつらせ、僕に用は後にすると言い残して保健室を出て行った。
…うん、いくら仙蔵でも白雪ちゃんにそんな事言われたら心折れるよね。ここぞとばかりに白雪ちゃん、よそよそしい敬語使ったしね。
白雪ちゃんの顔を見ると、いつもの砂糖菓子のような笑顔に戻っていた。相変わらずさっきのが白昼夢に思えるような差だ。
僕は一度深呼吸して気合いを入れてから白雪ちゃんに向き直った。
「前から思ってたんだけど…白雪ちゃんって、何で仙蔵が嫌いなの?」
「んー…生理的嫌悪、ですかね」
仙蔵にだけ向けられるその微かに毒を含んだ笑みに、心臓が一度大きく鼓動した。
例えそれが嫌悪でも、白雪ちゃんが他の大多数と態度が違うのは仙蔵だけだ。一年前、他の大多数と同じようにフラれた僕としては、その特別が少しだけ羨ましい。砂糖菓子な彼女の、甘い毒が。
まぁきっとこれは、隣の芝生は青いってやつだろうけど。