やわらかい過去のお話

歩いていたら、落とし穴に嵌まった。
正直、初日からこれな時点ですっかり学園でやっていく自信が無くなった。

「何をしている」
「!ぁ、お、落ちました!助けてくださいっ!」

まだ変声期前の男の子の声に希望が来たと上を見れば、逆光で顔が見えないけどやっぱり男の子がいて、私は両手を上に挙げて必死に助けを求める。
でも男の子はじっと私を見下ろすだけで、何もしてくれない。

「あの…」
「くのたまだろ?一人で上がれ」
「ぇ…私、今日此処に入学したばかりで…」

そんなこと言われたって、できない。

「僕はそれくらいできた」
「あ、アナタじゃないもんっ!」

意地悪な子。
何よ、私が穴に落ちてるからって上から目線で自慢して。私だって、これから頑張ればアナタなんてすぐ抜かしちゃうもん。

「ふんっ、まぁ僕は優秀だからな」
「じゃあ優秀な忍たまさん、今日だけ助けてよ」
「…今日だけな」

男の子の手に掴まって、何とか穴から這い出ながら、言われなくたってこの子に何か頼むのは今日だけだって自分に誓った。
私は行儀見習いで此処に来たけど、嘗められるの嫌いだ。

「ありがとう」

どんなに嫌な子にでも、助けられたお礼は言うものだ。
私は深く頭を下げ、それから顔を上げ初めてその子の顔が見えて目を見開いた。

「わぁ、綺麗!」
「…は?」
「青色の装束、二年生なんですね!先輩、すっごく綺麗です!」
「…」

あ、しまった。一人で盛り上がっちゃった。きっと変な奴だって思われた。
でも、私もかわいいかわいい言われて育ってきたせいか、そういうの敏感なんだよね。綺麗な子はより綺麗でいて欲しいの。無表情、もったいない。

「先輩、泣くの苦手?」
「何だ急に。…別に、泣く意味なんて無いだろ」

ふん、と生意気にそっぽを向いた先輩に、私は直感的に思った。

「先輩、友達居ないでしょう」
「…」
「あのね、先輩。綺麗は褒め言葉なんですよ。それに、才能は褒められるべきことです。努力はもっと。先輩は、頑張ってますよ」

入学当初でも落とし穴から出れるって言った先輩の言葉は、たぶん本当。この人、吟持高そうだし。
素直に、嬉しいって思ったらいいのに。それで、笑ってみて欲しい。見てみたいなぁ。

「、お前に何がわかる」
「先輩のそういうの、見てる人ちゃんといますよ」
「根拠は?」
「えっと、綺麗な人は自然とね、目が追っちゃうものですから。少なくとも、私は見ててあげます」

笑顔で言えば、先輩はじっと私の顔を見た。ちょっと居たたまれない。うぅん…先輩、本当に美人さんだな。

「…お前も、綺麗だ」
「え、あ、ありがとうございます」
「嫌な想いしたことあるだろう?」

言われ慣れてないわけじゃなかったけど、綺麗な先輩に言われて思わず普通に照れたら、先輩に真剣な顔で聞かれた。
…うん、嫌なこと私もいっぱいありましたよ。でも、私負けず嫌いだから。

「人生は、楽しんだもの勝ちです!笑ってたら、幸せになるんです!」

そんな人達に負けたくないの。
私が満面の笑みで言えば、先輩は凄く驚いた顔をした。それから、穏やかな顔になる。

「…駄目だったら、お前に責任取ってもらうからな」
「えっ?!」

せ、責任って何?!先輩、普通に拷問とかしそうで怖いんですけど?!
私は不安でいっぱいだったけど、先輩は優しい顔だったからそれ以上何も言わなかった。だってよくわからないけど、先輩は前に進もうとしていて、それは絶対成功するんだから大丈夫。
…先輩、何だかんだですぐ友達できちゃいそうだなぁ。

「あ、そうだ!先輩の友達第一号は私にしてください!私、白雪華帆!」
「僕は…立花仙蔵。えっ、と」

急に口ごもった先輩を、きょとんと見返す。


「よろしく、な」

笑った。


…っえ、やだ。何これ。熱い。何も考えられな、やだ、怖い!怖いっ!!

「先輩、」

笑わないでください。

口走りそうになった言葉を、寸前で堪えた。だって初めて先輩笑えたのに、そんなこと言うな私。

「華帆」

やめて、そんな顔で私の名前呼ばないで。
ぐわん。世界が揺れる。何だこれ。

「あ、の…じゃあ行ってらっしゃい、です」

とにかく早く先輩から離れなくちゃ駄目だと思った。何故か、今まで自分が口にしたことないぐらい酷い言葉を口走りそうで。
何でだろう、先輩のこと嫌いじゃないのに、むしろ――。何で先輩は、そんな綺麗な顔で笑うんだろう。

泣きたくなる。


「また此処でな」

先輩は綺麗に笑って、歩いていった。私はその背中が見えなくなるまでずっと見ていた。

私は二度と、其処には行かなかった。

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