シラナワ | ナノ




部屋から飛び出し、がむしゃらに走った。
時間にしてはたった数分でも、やっとという気持ちで見つけた近侍の彼の側には、薬研君も宗三も長谷部も居た。難しい顔をして何かを話し合っていた。
それでも構わず駆け寄って抱きついた私は、助けてと叫び、恥も外聞も無く縋り哀願する。

「だから、名前は知られるなって言っただろ」

薬研君が諦めたように溜め息混じりに言った。
わかってるよ。だから、教えてない。教えてないのに!!
光忠の胸から勢いよく顔を上げた私の顔で言いたい事を既に理解してくれたらしい薬研君は、何も言わずに私の首を指した。
訳がわからないまま、自分の首に手をあてがう。少し、冷たい。首なのに。

「ほら、貸してあげます」

宗三が、宗三なのに珍しく私にものを貸してくれるらしい。見たら手鏡だった。
それを大人しく借りて、自分の首元を映す。

「ひっ…!!」

私は細く悲鳴を上げて、手鏡を放り投げた。尻もちをつきそうになった身体は長谷部が支えてくれた。ああ、宗三に怒られる。せっかく初めてものを貸してくれたのに。
そんな私の現実逃避を許してくれない長谷部が、私の首…正確には、首の周りにあったものを明確に言葉にした。

「半透明の白いしめ縄。…あの鶴の仕業でしょう。…残念ながら、主の意思がどうあれもう我々では手出し出来る段階ではありません」

見捨てられた。
あの、主である私の為なら、不可能でさえ可能にしてくれそうな長谷部にさえ。

「ああ、ああ…泣かないでよ。そう悲観するものでもないさ。国永は、今考えてみれば自分のモノをしばらく野放しにしていた反動でちょっと君に意地悪していただけで、ちゃんと優しく接してくれる奴だ」

光忠が辛そうな顔で私の頭をぐしゃぐしゃに撫でて言い聞かせる。
此方に来てからほとんどずっと一緒で、優しくて格好良くて大好きな、お兄ちゃんみたいな光忠。私の近侍。
…でも、見当外れな慰めだ。涙は止まる気配もない。
そうなんだ、最初から私は鶴丸の掌の上で踊っていたに過ぎないんだ。

ああ、もう、全部思い出してしまった。


「答え合わせ、しようか」

四人には、散々白と鶴丸についてで相談させてもらったから、最後にそれぐらい教えてから行くのが礼儀だ。

「白は、白無垢の色。光の色。神様の色。それから鶴丸の色。おかしい事に、全部正解だったみたい」

婚礼も死も強い毒の光も神も、鶴丸も、全て答えに繋がる。

「私、此処に来る直前に友達と博物館に行ったの。…鶴丸国永という、一刀の刀剣が展示されている所に」

此処に来るまで会えないなんて、そんな事は無かったんだ。刀としての鶴丸国永は、私の居た其処にもあった。

「展示されてる部屋に入った瞬間にね、視界一面が白く染まった。突然付喪神が見えたの。それが人のとてつもなく美しい姿をしてるって気づいた時には、ああまずいなって本能的に恐怖は感じてた」

一般的な家庭に生まれ普通に生きていた私は、それまで神力なんて感じた事もなかったのに、初めて見えた人ならざる美貌の理解の範疇を越えた白に、恐怖した。

「その時、友達がいきなり固まった私の名前を呼び掛けてくれててね?皮肉だよね、そのせいで私の名前を鶴丸は知ってるんだよ」

此処に来て、名前を神に知られてはいけないなんて教えてもらう前、其処では家族も友達も知り合いもほとんど他人だって、簡単に私の名前を知り呼んでいた。
そうして容易く、白い神様は私の所有権を手にする。

「鶴丸はまず私に『君の神力はとびきり美味いな』って言った。初対面でそれって、やっぱり私はどうかと思う」

神様達にとっては、それは容姿や性格や能力を全力で褒めたようなものなのかもしれないけど。

「それから『此方においで』って言って…人間やめろって意味かな?ああでも、そもそも此処に来たの自体が鶴丸に連れて来られたのかもしれない。自分の庭で、最後の人間としての時間を遊ばせてやろうって」

上から目線に、ペットを高い塀で囲われた庭で放し飼いするような制限された自由。

「最後に、…いや最後の台詞はいいや。関係ないし」

私は自分の運命を諦めようと、その言葉まで受け入れてやる気はまだ無いし。

「…それから白いしめ縄を首輪みたいに私の首に結んで…私、その時それが怖くて怖くて暴れたから、首絞まっちゃったんだよね。幸い死にはしなかったけど…死んでても生きてても行き着く所は変わらないか」

神様からして見れば、このしめ縄の首輪は婚約指輪のような扱いなのかもしれない。人間からしてみれば物騒過ぎるけど。

「そこからは、気失っちゃったから覚えてない。目が覚めたら此処に居た」

これで、話は終わり。
思い出してしまった人間としての私は、完全に殺されてしまいました。


振り返ると、満面の笑みで両手を広げる鶴丸が居た。

「おはよう、×××。神の、俺の領域にようこそ」

私は泣き笑いながらその胸の中に飛び込んで――鳩尾に思い切り拳を打ち込んだ。

「あんたなんか大っ嫌い!こんなの政略結婚もいいとこだ、バカ!!」

私の旦那様は、婚約後最後の独り身を楽しませてくれるぐらいにそれはそれは懐が広く深くあられるようなので、所有物からの暴力暴言の十や二十許してくれるに決まってる。てか許せ。もう一発殴らせろ。



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