ちるちるみちる後:桜宮の姉と弟


薄い胸元では、黒い扉を模したロケットペンダントが揺れていた。
儚ささえも感じさせる白と、生命の強い赤を持つ花の鉢植えを、…ひょんなことから訪れた塔で出会い、再会した少年達の想いが込められたそれらを抱え、帰路を辿る。

深い森の中。確かにその場所を目指して進む歩みは間違いのないものだけれど、少々困惑気味の色が浮かぶ血色の瞳はしきりに泳ぎ、隣へ視線を向けてしまう。同じ高さにはない肩を並べ歩く金髪の青年…少女…、どちらともつかない、曖昧な存在。桜宮永遠の姉を名乗る桜宮刹那は、彼女自身が種を蒔き咲かせた青い花の鉢植えを抱えていた。

何故か常軌を逸していると判断しても良いと思う程に”初対面”でひどく好意的にされ、この世界における家というものの付近まで送ってくれると言う。…否、無言でそう決まってしまったわけだが、荷物持ちをさせてしまっている現状を律儀に申し訳なく思うと細眉が下がる。

「…申し訳ございません、私がいただいたものですのに…お持たせしてしまって…」
「なんで?全然大丈夫。なんだったら永遠ごと持てるよ。持つ?持ち上げる?俺モテモテだから持てるよ永遠持てるよあの時だってちゃんと永遠のこと持ってたもん大丈夫いけるよ」
「い、いえ、お気遣いなく…うふふ、ありがとうございます」

一言、言葉を発すれば息継ぎのない返答は弾丸のように降り注がれる。言葉の並べられる速さと、自身の記憶にない出来事を並べられることに戸惑いを感じながらも、それらはきっと彼女なりの気遣いなのだろうと1つ頷き、笑う。


「……あ、」

沈黙と言葉の弾丸を交互に繰り返しながら歩けば、見覚えのある景色の場所までたどり着くのもすぐで。天気の良い、まばら雲の浮かぶ空に橙の霞が灯る時頃。そろそろ彼女は引き返さなければ塔へ帰る頃には夜が訪れてしまう。
一歩程の距離を開け、彼女を振り返った。

「セツナさん、ここまでのお見送り…ありがとうございました。ここからは私一人でも、まっすぐお家に帰ることが出来ますし、セツナさんはそろそろ引き返さなければ夜道を歩くことになってしまいますので…、本日は、ここで…、?」

お別れです、とまで紡ごうとした言葉は、海色の視線に押し止められる。
眩いばかりの金糸の髪を風に靡かせ、真剣そのものの表情でこちらを見つめる彼女の顔は、自分のものと酷似している。まるで母と子、父と子…血を分けたきょうだいのようで、同じ者の手から作られた「人形」のようで。
真っ直ぐに自分を見つめる、深い青の瞳。…砂を擦り付けるような音と共に脳裏を過ぎる光景に、鼓動がいやに強く、速い。

「あ、の…何か…?」

妙に透き通るような光沢が見える、美しすぎる瞳から目を逸らせないまま問いかけると、かた…と人間から聞こえる筈のない固い音を立てて首が傾げられた。

「セツナさんって、おかしい。まだ信じられねぇ?俺、永遠のお姉様だよ」
「…疑っているわけではなくて、ですね……その、私の知る刹那お姉様は…」

確かに桜宮永遠の姉は、桜宮刹那だ。そこに記憶の間違いはない。けれども、自分の記憶にある刹那は物言わぬ人形であり、動くことなどない。彼が、彼女らが望みに望んだ理想の娘。清楚で清純、お淑やかでお利口…お優しい、淑女様。
顔は同じような作りであれど、同じ名前であれど、失礼ながらにそのどれもに当てはまらない彼女を疑っているわけではない。疑っているのではなく、彼女は一体、どこの世界の姉なのだろうという気持ちが大きかった。

別の世界の姉、別の世界の自分。このセツナという女性は私ではなく、自分の世界の桜宮永遠と私を重ねているだけなのだと思うと同時に、こんなにも愛されている桜宮永遠は、どこかの世界のどこかには存在したのかとも、思う。
愛されている桜宮永遠。彼女の桜宮永遠は人形で、女性なのだろうか。「人形じゃない」「女の子じゃない」そんな理由で、誰かを落胆させたりしない存在であるのだろうか。

………「私」ではない存在なのだろう。

言葉で言い表せられない気持ちが渦を巻いているようで落ち着かない。

「永遠」

事も無げに軽々と片腕で鉢植えを抱えた彼女の手がのびてくる。自分に対しても彼女に対しても失礼で疚しいことを考えているからか、「怒られる」。そんな風に錯覚してしまうが受け入れなくてはならないとも思い、視線を下げ瞼を閉ざす。人にはない音が、自分のものとよく似ている声が雑音無く、よく聞こえるような気がした。

「桜宮刹那は、清楚で清純、お淑やかでお利口な……人形。確かに、お前がお姉様と呼んでいたその時、俺は動けもしない、喋れもしない…ただただ椅子に座ってお前のことだけを見つめていた人形だったし、…今も、人形なのは変わらない」

桜宮刹那は、言葉をくださったわけではない。ただただ誰も聞かぬ私の声を、聞いてくださった。
桜宮刹那は、頭を撫でてくださったわけではない。ただただ誰も映さぬ私の姿を、見つめてくださった。

はっとして目を開くと、こちらに迫ってくる手…シャツの袖口から見えた手首には、お人形が私達人間と同じように手足を動かせるようにと施した作り…球体関節が見えた。
散々な程に抱きすくめられた時の温度の無い体を今更ながらに思いだし、心臓が強く胸を叩く。

「俺はね、永遠。俺は、ずっとお前ひとりの声を聞いていたよ。ずっとお前1人の姿を見つめていた、ずっとお前の独りを癒やしていた」

ひとりは辛い。一人は寂しい。独りは悲しい。
語ることを許されなかった言葉にして零すそれらを、示すことを許されなかった行動にして表すそれらを、「彼女」だけはいつも、受け入れてくれた。

「たったひとり、世界でたったひとり…人間であり、男である永遠だけを愛していた、人形だ」

世界で唯一、私の全てを受け止めてくれたもの。私が桜宮 永遠であることを許してくれた、唯一の「人形」

「何で今動いているのかとかは思い出せないけど、俺が愛していた永遠は…俺が愛している”人間”で、たったひとりきりの”弟”は、確かにお前なんだよ。間違いないよ」

「間違えるわけないんだよ、……桜宮永遠」

かちゃ、と手首の関節が小さく音を立て、固く冷たい、人としての温度がない手が考えたらずな頭に乗せられた。そのまま、冷たいばかりの手に不器用に撫でつけられる。

頭を撫でられるのは、初めてではない。この世界に降り立ってから共に過ごしている仲間からも、別の世界へ飛んだ時に出会った人にも撫でられたことはある。良く頑張ったと、褒められたことだって。そのどれもがとても優しく、暖かなもので。この人…お人形さんの手はとても不器用で、冷たいものなのに、どうして、どうしてか……。

「…、っ」

ずっと、これを望んでいた気がして。永い永い時を経て、世界を超えて、得られた気がして。
紫の綺麗な子に貰った鉢の中。赤い、自分の瞳と同じ生命の色をした花弁に涙の雫が落ちる。
落ちて、落ちて、止まらない。

「ずっと、こうしたかった」
「、…刹那、お姉様…」

一歩の距離を詰められ、自分と似た彼女の顔が迫る。避けず、逸らさずに額を合わせ、感じられない彼女の呼吸へ合わせるように、少しだけ息を止めた。


「永遠の身に足りぬこの名に誓い、変わらぬ想いを…刹那のお前へ」
「…刹那の身に余るこの名に誓い、変わらぬ想いを…永遠の貴方へ」


「愛しています」


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涙が止まる頃には、茜色の空が藍に染まりつつあった。結局彼女に夜道を歩かせることになってしまい、深々と頭を下げる。

「も、申し訳ございません…取り乱してしまった挙句、お姉様に夜道を歩かせることになり…」
「永遠が暗い道歩くよりは大丈、……」
「、?どうかなさいましたか?」

不自然に言葉を止めた彼女へ首を傾げると、突然唇をへの字に曲げて不機嫌を顕にされた。まるで本物の人間のような感情の変化に驚かされること数度…お淑やかに見えていたあの時も、彼女はこうやって内側であれこれと表情を変えていたのだろうか。

「大丈夫じゃない。永遠、紫音とよーやに何かあげてた。何あれずるい、特別とかとっておきって言ってたずるい、俺は?俺にはないの?俺は永遠の特別じゃない?なんで二人だけなの俺にはないの何で何で永遠、永遠、俺には?」
「え、えぇと…でも、もう今日は…力が…」

ある朝、部屋に届いていた花の力のおかげか、記憶を宿す術が一つ多く使うことが出来た。けれど、再会と出会いを果たした彼らにそれらを託した今、力は底を尽きてしまったようで…、自分が残したメモに、記憶が宿ることはなかった。でも、それでも毎日描く文字は大事な思い出だと、確かに誰かと出会った証だとして残すようにはしている。

「むー…あ、じゃあ、」
「、?」

何かを閃いたらしい姉が、やや乱暴に首元を飾っていたリボンを引き解いた。瞳と同じ、青いリボン。丁寧に扱われていなかったのか、少々よれて跡が残ってしまっているそれからは、彼女の不器用さが垣間見える。

「これあげるから、永遠のリボン頂戴。交換」
「リボン……、そのようなもので良いので…?」

言いつつも、自分の後ろ髪を結っている赤いリボンを片手でゆっくりと引き解き、差し出した。この世界に降り立った時からずっと、どこへ行くにも髪を結い留めてもらっていた大事なものではあるけれど、それでも、それで彼女との繋がりを結べるのであれば。契りにも似た想いを、交わすことが出来るのなら。

深い、深い青のリボン。
深い、深い赤のリボン。

瞳が灯す色と同じそれを、人形と人間で、姉と弟で、刹那と永遠で、交わす。

「俺らはいつでも一緒。離れていても、ずっとお前を想っているよ」
「…離れていても、ずっと貴方様をお想いいたしております」

いつか元の世界へ帰るその時も、どうか、共に。


160919:桜宮姉弟再会記念
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