Vampire Tale | ナノ

第五話



【雲雀】
「リーナ」





廊下をクラスメイトと共に歩いていたリーナは、自らを呼ぶ声に肩越しに振り向いた。
その両手はプリントの束で塞がっている。
両脇に立っていた女子二人も同じように、同じ分量のプリントの束を抱えていた。
一見してわかる通り、彼女らは教科担当の教師にプリントを運ぶよう頼まれていた。
ここにきて疑問に思うだろうが、何故クラス全員で虐められているリーナの手伝いをクラスメイトがしているかというと、言ってしまえば彼女らも頭が良いのだ。
外では良いように外聞・外見を装い、内側(クラス)で徹底的に叩きのめす。
このようなやり方をしてきたからこそ、彼女らのクラスは虐めが問題視されにくかったのだ。
まあ見て見ぬふりをする担任や教師の姿もその背景にはあるのだが……
さらに、そうして内側と外側でのギャップをつけておくことで、虐められている人間を戸惑わせることができる。


これはある心理の実験だが、ある一室に動物を閉じ込め、その床に定期的に電流を流す。
閉じ込められた動物は痛みから悲鳴を発する。が、それも最初のうちだけで、最終的には電流を流しても鳴かなくなる。
死んだとか、体が慣れたということではない。
それならば何故か?
答えは、「諦める」からだ。
悲鳴とは、「助けて欲しい」という欲求からあげられる。
びっくりした時、恐怖した時、痛い時、どれも他人に気づいてもらうため――助けてもらうために悲鳴をあげる。
しかし、そんな悲鳴をあげ続けても、誰にも気づいて貰えない。誰にも見てもらえない。
ここで動物は助けてもらうことを諦め、悲鳴を鳴かなくなるのだ。

それとほぼ同じで、いじめも長時間時が過ぎてしまえば対象者は助けてもらうことを諦めてしまう。

悲鳴という助けを求める声を出すことに疲れたいじめの対象者は、ただ向かい来る心身の暴力に耐えるだけとなる。
……悲鳴を出さない背景には、助けを求めても見捨てられる裏切りの辛さを味わわないためもあるが――
しかし、加害者からしたらそれはつまらないことだ。
加害者からしたらそれはただのマンネリ化だ。
だからこそ、外では執拗ともとれる仲のよさを表す。
外でしか得られないその偽りの幸せに、被害者は頭ではわかっていてもすがってしまう。
そして、内側では執拗以上の陰湿で過激ないじめをする――。
このようなギャップで、このクラスのいじめは見つからず、そしてマンネリとならない。最悪のサイクルを繰り返す事によって現状が維持されている。




しかし、相手は数世紀と生きる化け物・吸血鬼のリーバルントゥ・ナーシャリアである。




外でも内でも毅然とした態度に振るまい、そして曲がりようもない精神。
クラス内の最悪のサイクルが通用するはずがない。
そもそもいじめそのものが通用したことがないのだ。彼女には。
クラスメイトは彼女からいじめの初撃を回避され、宣戦布告された次の日から今日までの数日間で相手がどれだけ強い人物か、痛く理解していた。まさに、骨身にでも刻まれるように。
靴に細工をすれば綺麗に取り除き、罠をしかければ交わされ、机にゴミを詰めれば綺麗に掃除され、リンチをしようと殴りかかればふざけたやり方で返り討ちにされ、暴言を吐けばいつの間にやら言い負かされてしまう。
しかも彼女はこの状況を楽しみ、興じてさえいる。
以上のことからわかるように、いじめの対象者として彼女はとんでもない強者であることは間違いなかった。
当然上記に書いた心理の実験のようなことにもならず、彼女はいつも通りの平静さで両脇にいる女子二名と楽しく談笑していた。
そして、彼女が務めている(強制)風紀委員会の委員長、雲雀恭弥に呼び止められ、冒頭へと至る。
両脇の女子二人は空気を読み、リーナの手に抱えられたプリントを半ば奪い取るような形で受け取ると、



「じゃあリーナ、これ私たちが持っていくから!」


「雲雀さんとちゃんと話し合いしてね」


「適当に屁理屈こねてずらかっちゃ駄目よー」



あはは、と非常に健康的な笑い声を残して女子二名は曲がり角へ消えていった。
リーナが取り付く島も残さず、である。
曲がり角へ姿を消した女子二名に、「やりおる……」とリーナは呟き、眉根を寄せながらめんどくさそうに振り返った。
リーナは律儀ではあるが、めんどくさがりやすいタイプでもある。
借りや恩はめんどくさがりながらもきちんと返すタイプと言えばわかりやすいだろう。
だから雲雀に声をかけられたときは、今手元にある荷物を理由につけてずらかろうと算段を立てていた。しかし、リーナの一枚上を行く形で女子二名が先んじて行動を起こし、リーナの手から荷物を奪い颯爽とその場を後にしたのだ。

ゆえの、「奪い取る形」だったのだ。

どんな攻撃も物ともしないリーナを、弱点を探るため女子特有の観察眼を生かしていた女子二名の勝利だった。
一本取られたリーナは、雲雀と向き合う事になった。



【リーナ】
「はぁ……いったい何用だ。委員会の仕事か?」


【雲雀】
「違うよ。質問があって来たんだ」


【リーナ】
「質問?質問だと?……なんだ?」


【雲雀】
「リーナ、君は『バレンタインデー』を知っているかい?」



バレンタインデー、それは2月14日、男女の誓いの日とされている。
日本での一般的なバレンタインデーは、女性が好意のある男性に愛情の告白としてチョコレートを送る習慣のことだ。
そういう、愛情の確認でもある日、「バレンタインデー」という言葉を聞いてリーナは「はて」と首をかしげた。
それならば聞いたことがある。最近街中でよく見聞きする言葉だった。
なにかしらの祭りであることは予想はついていたが、さほど興味もなかったので調べなかっただけで。
雲雀とは縁遠い行事だと思っていたので、本人の口から聞くとは予想していなかったリーナは少なからず驚いた。
リーナは顎に手をやり、




【リーナ】
「名称だけは聞いた事があるが……実態は知らんな。はて、それはどのようなものか?」


【雲雀】
「それは部下が上司にチョコレートを送る日だ」


【リーナ】
「な……なに……!」





リーナは戦慄した。
彼女は今(強制的に)風紀委員に所属している。
強制的とはいえ書類にサインをし、はんこも押したのだから間違いなく自分は風紀委員という自覚もある。
だからこそ、彼女は先ほどの雲雀の言葉に戦慄した。
リーナは風紀委員の中でも、後から入ってきた後輩。いわば部下だ。
つまり、雲雀のいう通りならば彼女はバレンタインデーに上司である雲雀にチョコレートを送らなければならないというわけで。





【リーナ】
「貴様……我に貴様へ物を贈与させるつもりだな……!」


【雲雀】
「そうだよ。ちなみに僕は手作りじゃないと受け取らないからね」


【リーナ】
「チョコレートを手作りだと!?」




【リーナ】
(なんて手間の掛かる要求をしてくるんだ……!)




リーナはバレンタインデーは知らずとも、チョコレートがどういうものかは知っている。
彼女の記憶が正しければ、チョコレートというものはカカオを発酵させ、カカオマスにバターや牛乳などを混ぜ、練り固めた加工食品だ。

現代にいまだ慣れていない吸血鬼はしらない。今の一般的なチョコレートの手作りというものは、すでに加工されたチョコを更に溶かして固めるだけということを。

鬼気迫る表情をするリーナに、「あ、こいつ何か勘違いしてるな」と雲雀は勘付いたが、「まぁ、いいか」とその誤解を解いてあげようとはしなかった。





【雲雀】
「じゃあ、楽しみにしているからね」





雲雀は後ろ手を振りながら颯爽とその場を立ち去っていった。
カカオをどこで手に入れるかすでに考えているリーナを残して。




 




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