「沢田ー!沢田ー!!」とリーナが駆け込んだ先は、……言わずとすでにお分かりだろうが、沢田綱吉君の家。
【リーナ】
「沢田!おらぬか!?」
チャイムもノックもせずに玄関を開ける。これで彼女がどれだけ焦っているかおわかりだろう。
そう、彼女は焦っていた。
なぜなら、今日がそのバレンタインデーだからだ。
【リーナ】
(雲雀の奴……!何故今日言うのだ!前もって伝えろよ!)
彼女はめんどくさがりだが律儀だ。
律儀ゆえ、今日渡したい。
そして彼女は頭が良い。
今日渡しそびれたら、余計面倒なことになると予想がついていた。
だからこそ、彼女は焦っていた。
クラスメイトたちとは戦争中だ。こんな質問をして弱味を見せられない。ただでさえリーナは雲雀が苦手ということをクラスメイトに知られているのだからこれ以上は勘弁だ。
ならば、他のクラスメイトに頼る他なかった。
今のところ一番信頼がおけるのはこちらのお宅の沢田綱吉君と、山本武君、そして獄寺隼人君だ。
山本と獄寺は様子を見た限り酷く大変そうだったし(バレンタイン的意味で)、あまり大変そうではない綱吉君を、必然的に頼る事となった。
そして今の現状である。
【フゥ太】
「あっ、リーナ姉!」
【リーナ】
「おお、フゥ太!」
何事だと奥から出てきたのは、つい最近知り合ったショタのフゥ太君。
「わあい」とでも言うようにリーナへ抱きつく。
それを受け止め、しばしキャッキャウフフした後、「ハッ!!」と我に返った。
【リーナ】
「そうだフゥ太、聞いてくれ!」
【フゥ太】
「どうしたの?リーナ姉」
いつにないリーナの焦った表情に、頭に疑問符を浮かべながら尋ね返す。
それをかくかくしかじか説明すると、フゥ太は、「それなら!」と笑顔を見せた。
【フゥ太】
「今から京子姉とハル姉がうちに来てバレンタインの用意をするんだよ」
【リーナ】
「ほう、それはいいな。して、それがどうした?」
【フゥ太】
「もう、鈍いなぁ。二人に混ぜてもらえばいいじゃない!」
そんなフゥ太の答えに、「なに……!」とまたしても焦った表情を見せる。
【リーナ】
「し、しかしだな。我はその……なんといったかな、……とにかく、その二人とは面識がないのだ。いきなり初対面で物を頼むのはいささか失礼では――」
「「おじゃましまーす」」
【フゥ太】
「ふふっ、噂をすれば」
【リーナ】
「…………」
リーナが背にした玄関が開かれ、そこから可愛らしい女の子二名が入ってくる。
容易に背中をとられた事が若干ショックだったリーナはしばし無言で固まっていたが、その女の子二名が不思議そうに顔を覗き込んできたことで我に返った。
「フゥ太君、この人は?」
【フゥ太】
「僕がお世話になったお姉さんだよ。リーナ姉って言うんだ。ほーら、リーナ姉ぼーっとしないで!」
【リーナ】
「お、おう。……先ほどは失礼した。我はリーバルントゥ・ナーシャリア。短縮してリーナと呼ばれておる。先日並盛中学校へ転校してきた。えー、出席番号は――」
【フゥ太】
「リーナ姉、詳しすぎ」
もしかして彼女は緊張しているのかもしれない。
しかし、そんなリーナの様子に二人は「ふふっ」と笑って、
【京子】
「始めまして!笹川京子です。よろしくねリーナちゃん」
【ハル】
「三浦ハルです!よろしくお願いしますね!」
愛想のよい笑顔を向けてくれた。
二人のおかげでリーナも肩の力を抜き、口元にいつもの余裕の笑みを浮かべた。
【ハル】
「リーナちゃんは今日はどういったご用事でツナさんのお家に?」
【リーナ】
「いや実はだな――」
フゥ太の時と同じように、二人にも説明する。
説明を聞き終わった二人は、
【京子】
「ならリーナちゃんも一緒に作ろうよ!」
【リーナ】
「なぬ?」
【京子】
「私たち、これからバレンタインのチョコを作るんだ!リーナちゃんも一緒にしようよ。ね、ハルちゃん」
【ハル】
「そうです!同じように恋の悩みを抱えている女の子を放っておけません!」
【リーナ】
「(鯉!?)そ、そうか!恩に着るぞ!」
いささかの認識の違いは生じたものの、なんとか協力を得る事に成功したリーナ。
「これはいける!」と心の中でガッツポーズをとる。
【リーナ】
「し、しかし、すまなんだ。我は料理に関して何の用意もしておらんのだ……」
「あら、それなら大丈夫よ」
奥の扉か出てきたひとりの女性。
今度はいったい誰だと思っていると、
【京子】
「あっ、こんにちは!」
【ハル】
「お邪魔してます!」
【フゥ太】
「ママン!」
「話は全部聞かせてもらったわ!」と言う女性。どうやら沢田綱吉のご母堂の、沢田奈々さん。というかノリがよすぎ。
奈々さんはリーナに近づくと、
【奈々】
「私の予備のエプロンがあるから大丈夫よ。器具も一通り揃っているし、材料ももしものことのために余分に買っているから」
【リーナ】
「これはご母堂……感謝する」
【奈々】
「やーねご母堂だなんて!ママって呼んでよ」
【リーナ】
「うむ……では沢田ママ、よろしくお願いします」
一通り挨拶も済み、玄関で立ち話もなんだからと奥へ通される。
台所への扉を開くと、リーナは「うっ」と思わず鼻を押さえた。
【リーナ】
「(これは……毒!?)」
「きたみたいね」
台所に一人立ち、先に作業をしている美女一名。
美女がこちらを向くと、急に顔を険しくさせ、
【リーナ】
「! 危ない!」
【京子】
「きゃっ!」
【ハル】
「はひっ」
リーナはすばやい動作で両脇にいた二人を頭を押さえ、自分と一緒にしゃがませる。
頭上では閉めたばかりのドアに刺さる――パスタ(ゆでる前)が。
【リーナ】
「(よもや食材を殺傷力のある武器に変えようとは……)」
「あんた……誰?只者じゃないわね……一体なにをしに来たの」
【リーナ】
「落ち着け。我はなにも争いをしに来たわけではない。ただ……その、バレンタインチョコをだな、作るためこうしてお邪魔しておるのだ」
「バレンタイン?」
本日三度目の説明を経て、美女――ビアンキは臨戦体勢を解いた。
【ビアンキ】
「そういうことだったの。ごめんなさい、いきなり攻撃して」
【リーナ】
「いや、気にすることはない。むしろ感心したぞ、まさかこのご時世に一目で相手を判断できる奴がいるとはな」
【ビアンキ】
「伊達に暗殺業してないわ」
【リーナ】
「ああ、それに……」
【京子】
「すごい!パスタがドアに刺さるなんて!」
【ハル】
「ビアンキさん凄いですー!」
【奈々】
「びっくりしたわー。こんな特技持っていたのねビアンキちゃん」
【リーナ】
「(あやつらの危機感の無さにも驚いた……)」
ちょっと遠い目をして三人を見つめる。