【リーナ】
「フゥ太よ、感じるか……。風が、風が泣いておる……」
【フゥ太】
「リーナ姉スカートがめっちゃなびいてるから下りなさい」
十歳児にたしなめられ、素直に橋の欄干からピョンッと下りるリーナ。
彼女はつい先ほどまで、目の前の彼を抱えたまま電柱や木の枝を飛び移りながら逃げてきていたのだ。
フゥ太を追ってくる三人の男たちを締め上げることもできたが、そうする時間も惜しい程リーナ自身も追われていたのだ。
相手はいわずもがな、我らが恐怖の風紀委員長雲雀恭弥に。
彼女は考えた。なぜああも雲雀に怒られるのかを。
そして走っている最中思いついた。
それは、自分が学校をサボっているからだと……!
それならばリーナも納得できた。
学生の本分は勉学。そのためにが学校に通うのが義務である。その義務を果たすから自分たちは勉強ができるという権利を得ることができる。
しかし、その義務を果たさず遊びほうけているように見えた自分は、雲雀にとって酷く目に付いたのだろう。
実際はこうしていたいけな子供を守るガーディアンをしているのだが、このような私服姿では遊んでいるようにしか見えない。
しかもそんな状態で学校付近をうろつくなんて舐めている以外の何物でもないだろう。
更には雲雀は風紀委員長。そして自分はその部下の風紀委員。
無理やりつけられた役職だが、彼の部下には変わりない。
そして風紀とは、社会生活を守るための規律。その規律を守るからこその風紀委員。
そんな風紀委員の自分が、本来の目的はなんであれ学校をサボっているだなんて、委員長として雲雀は見過ごすことができるはずもない。
このような考察の末、リーナは自己解決した次第だった。
一人「うんうん」と頷くリーナを、きょとんと見つめるフゥ太。
フゥ太のそんな様子に気づいたリーナは、優しく微笑み彼の頭を撫でた。
【リーナ】
「なに、考え事をしていただけだよ。さて、一箇所にとどまっておくのは危ないからな。そろそろ場所を変えようか」
【フゥ太】
「うん!」
【リーナ】
「人通りの多いところについたら、どこかで昼食をとろう。フゥ太よ、何か食べたいものなどないか?」
【フゥ太】
「僕が決めていいの!?じゃあねじゃあね……」
仲良く手をつないで歩く姿は、本当にただの姉弟だ。
日本人離れした顔立ちゆえ観光中の外国人に見えるだろう。
さて、そんな姉弟の前に立ちはだかる人物が、一人。
カツン、と革靴をならし……
「ちゃおっす」
今にも「やあ!」と言いそうに右手を上げて声をかけてきた赤ん坊の姿。
【リーナ】
「面妖な……」
リーナはごくり、とのどを鳴らし、
【リーナ】
「赤ん坊が二足歩行を……」
驚いた様子で、四足歩行ではない赤ん坊の姿に驚いていた。
リーナいわく面妖な赤ん坊は銃を手にし、
「目覚めろ」
【リーナ】
「うっ」
【フゥ太】
「ああっ!リーナ姉!?」
リーナの眉間へ銃弾を撃ち込んだ。
「寝すぎてボケたかリーナ」
【リーナ】
「……ぷっ。ははっ、すまんすまん忘れていたぞ、リボーン。貴様は赤ん坊になったんだったな」
口から銃弾を吐き出し、リーナは笑い出した。
唖然としているフゥ太に気づき、優しく笑いかけ、
【リーナ】
「なに、昔なじみだよ。案ずる事はない」
そういって頭を撫でた。
フゥ太もリーナの言葉に少しは安心したようで、警戒心を解く。
【リーナ】
「して、貴様何故ここにいる?リボーン」
【リボーン】
「面白そうだから声をかけたまでだぞ」
【リーナ】
「ふん、さようか」
「面白そう」。この動機は、リーナは立派な理由になると思っている。
自分に限らず知能を持つ生き物は、好奇心で行動することが多いからだ。
面白そうという理由もまた好奇心の一つ。
だから、リーナにとって先ほどのリボーンの言葉は立派な行動原理として受け入れられたのだ。
【リーナ】
「しかし貴様もただ遊びでここにいるわけではあるまい」
【リボーン】
「まあな。今はあるヘナチョコの家庭教師(かてきょー)をしてやっているぞ」
【リーナ】
「貴様も仕事。我も今はこのわっぱのボディーガードとして仕事をしている。お互いあまり遊んでいる暇はないだろう。そろそろ我らは行くぞ」
それだけ言うとリーナはフゥ太の手を引いてリボーンの横を素通りした。
その直後、
【リボーン】
「俺が今家庭教師(かてきょー)してんのが、沢田綱吉でもか?」
【リーナ】
「!」
【フゥ太】
「えぇっ!」
リーナとフゥ太は、リボーンの言葉を受けて驚きの表情で振り返った。
フッ、とリーナは笑い、
【リーナ】
「……まったく、不思議な縁があるものだな」
【リボーン】
「そういうことだぞ。言いたいことはわかるな?」
【リーナ】
「ああ、わかるとも」
そう言うとリーナはフゥ太の前へしゃがみ、
【リーナ】
「さてフゥ太よ、早いがお別れだ」
【フゥ太】
「リーナ姉……」
【リーナ】
「そこの赤ん坊へついてゆけ。さすれば貴様が助けを求めたい人物に会えるだろう。なに、そこの赤ん坊は我のお墨付きだよ。つまらん嘘は吐かぬし、腕も立つ。貴様が心配することはなんぞありはせん」
フゥ太を安心させるための言葉をペラペラとつむぐリーナ。
最後に、また優しく頭を撫で、
【リーナ】
「今日一日、楽しかったぞ。弟が出来た気分で心地よかった。貴様に会えて良かったよ」
その手に見合った優しい笑顔を浮かべた。
フゥ太は悲しそうな表情をし、
【フゥ太】
「リーナ姉、また、また会えるよね?近いうち会えるよね?」
【リーナ】
「勿論だよ。約束しよう」
【フゥ太】
「……指きり」
【リーナ】
「ふっ、あいわかった」
仲良く指切りをかわし、フゥ太の背中を押してやる。
軽く手を振り、その場を去ろうとするリーナ。
【リボーン】
「お前も一緒に来ればいいじゃねえか。ママンの手料理、うめえぞ」
【リーナ】
「我も同行したいのは山々なのだがな……。どうも最近忘れやすくてかなわんのだ」
リーナは寂しげに笑い、
【リーナ】
「我も追われていることを思い出した」
【雲雀】
「リーナ、ちょっと一緒に来てもらおうか」
いつの間に彼女の背後をとったのか、ガッと腕を掴みリーナを引きずる雲雀。
引きずられるまま、リーナが本日最後に見たフゥ太とリボーンの姿は、悲しげな面持ちで十字を切る姿だった。
【リーナ】
「世の中は、無情だ……」
アホみたいに真っ青な空を見上げながら、リーナは空しく呟いた――