次の日のことだ。
リーナは訝しそうな顔をしていた。
朝の登校を、いつでもクラスメイトが自分を襲えるようにわざと普通の中学生のように学校まで歩き、わざと人目がつきそうもない人通りの少ない道を通り、わざと襲いやすい時間を考慮して歩いてきているというのに、一向に来る気配がない。
【リーナ】
「はっ……さては、昨日屋上へ行かなかったことをすねておるのか?」
いやないだろうなぁ。流石のリーナもそう思った。
ということは、教室でクラス全員でなにか仕掛けでもしているな?そう考えるのが自然だった。
リーナはそれを想像すると、「愛い奴らめ……」と不敵に笑みを浮かべた。
期待しながら曲がり角を曲がり、校門を一直線に目指す。
なにやら見覚えのある奴がいるが、無視。
【雲雀】
「待ちなよ」
……できなかった。
まぁできるはずもないか、と頭ではわかっているものの、早く教室へ向かいたいのに引き止められ腹の虫が悪いリーナは「あぁん?」とでも言いそうな顔で振り返る。
【雲雀】
「君に渡すものがあるんだ」
しかし、そんな様子に一向に構う事もなく涼しい顔で話を続ける雲雀。
こいつっ……できる……!
などと感心していると目の前に差し出されるもの。
【雲雀】
「はい、これ」
【リーナ】
「なんぞこれは」
【雲雀】
「風紀委員の腕章」
【リーナ】
「何ゆえ……?」
【雲雀】
「君に風紀委員に入ってほしいんだ。いいよね?」
【リーナ】
「いやd「ちなみに『はい』か『yes』以外の答えは聞かないよ」なんたる横暴!?清々しすぎていっそのこと好感が持ててしまうではないかどうしてくれる!」
【雲雀】
「はい」
【リーナ】
「ああ、どうも……違う!いらぬと言ったであろう!そもそも手続きなどどうするつもりだ!?そういうものが必要なんだろうが!我はなんの書類にも記入しておらぬぞ!」
【雲雀】
「こっちで手続きはすませてあるから大丈夫」
【リーナ】
「なるほど、手が早いな……違う!我は了承の一言も申しておらぬ!待てコラ!」
そのままあくびをしながら校舎へ歩いて行く雲雀。
リーナは頭を抱えた。
【リーナ】
「(疲労を感じたのはいったい何世紀ぶりだろう……)」
いつもの笑顔もひくついて余裕を感じない。
渡された腕章を素直に腕に付けるのは抵抗というか、負けた気がして嫌なので鞄へ押し込む。
一刻も早く教室へ向かいたかった。
そして返り討ちにし、あの爽快感を味わいたかった。
今この時ばかりは靴箱の嫌がらせも、まるで教室へ行くための障壁のようで神経を逆なでされる思いだった。
【リーナ】
「貴様ら!この我が到着したぞ!かかってくるがいい!」
ドアをスパン!と襖のように開け、意気揚々と教室へ入る。
しかし、クラスメイト全員罰が悪そうな顔をするばかりで何もしかけてこなかった。
「?」疑問符を頭に浮かべるリーナ。
そして気づく、上からのバケツがないことに。
いつもならここにバケツが水を撒き散らしながら降ってくるところだが、今日はこなかった。
そして、ハッとした顔になる。
【リーナ】
「まさか、貴様ら」
リーナはクラスメイトを見回して呟く。
その呟きのあと、その中から一人の男子が頭を掻きながら前に出てきた。
【リーナ】
「……どういうことだ。これは」
「いや、あのさ……リーナ、さん…。ごめん!」
昨日までリーナをいじめていた一人だ。
積極的ではないにしても、遊び感覚で参加していた一人だ。
そんな人物が、頭を下げてきた。
【リーナ】
「……どういうつもりだ」
「い、今までいじめてて…ごめん。反省したんだよ、俺たち……」
【リーナ】
「……」
そうして、再度「ごめん!」と頭を下げてくる男子生徒。
その後ろから「わ、私も……」「私も、ごめん」「俺も」と次々頭を下げてくるクラスメイトたち。
フルフルと、リーナの体が震えていた。
それは、感動から来たものではない。
怒りから、来ていた。
犬歯が異様に鋭い歯をかみ締め、青筋を立てて怒りに震えていた。
そして、咆哮が響く。
【リーナ】
「いい加減にせんか!!!!」
ビリビリと空間が震えるほど、よく通った、大きな声だった。
廊下にいた生徒はおろか、隣のクラスの生徒まで窓から顔を出し、「なんだなんだ」と興味深げにこちらを見てくる。
しかし、そんなものに構っているほど今のリーナに余裕はなかった。
余裕がないほど怒っていた。
【リーナ】
「貴様らの言わんとしておることはわかった!
この戦争を放棄する理由、それは、我が風紀委員に入れられたからであろう!」
その言葉を聞き、全員が図星を突かれたような顔をした。
その顔に、「やはりな」と確信すると同時に怒りがまた増長される。
【リーナ】
「この学校の風紀委員の噂は聞いておる。貴様らが恐れている事態もわかっておる。
しかし!だからといって!なぜ戦争を放棄するのだ!」
「はっ?」全員が呆けた表情でリーナを見る。
【リーナ】
「これは我と貴様らの戦争だろう!?ほかの者たちとは無関係である!
なのに!貴様らは『我』ではなくまるで『風紀委員』を相手にしているかのような目だ!
この腰抜け共め!いざ自分たちが相手している奴が強大な武力を手に入れたら怖気ずきよって!」
「……!お前は!風紀委員の恐ろしさを知らないから……!」
【リーナ】
「ならば我自ら雲雀恭弥へ『戦争の乱入の禁止』を進言してやろう!」
「「「……!?」」」
クラスメイト全員の表情がこわばる。
【リーナ】
「我を見よ!
貴様らの相手は誰か確認せよ!
風紀委員ではない!
このリーバルントゥ・ナーシャリアこそが!貴様らの相手である!!
我を見よ!!」
右手を胸にあて、そう宣言する。
全員が、戦慄した。
数日前、リーナに宣戦布告をされたあの時と、ほぼ同じ感覚だった。
誰かが、口を開いた。
「なん……で。なんで、そこまでするんだ…」
いじめられているのに。
なんで。
そういった。
ほかの者たちも、その答えをせがむようにリーナを見つめる。
リーナはいつもの不敵な笑みで、ふふんと笑い、
【リーナ】
「貴様らに大事なことを教えてやるためだ。
我は感謝せねばならないな。このクラスに転入させてくれた学校に。
とてもやりがいがある。素晴らしい」
リーナはしばし目を閉じ、いつくしむような笑みを浮かべた。
しかし一瞬の事。
周りの者たちが見惚れるよりも早く不敵な笑みになり、
【リーナ】
「では!改めて宣戦布告だ!
全力でかかってまいれ!
我を興じさせよ!
そして我に勝ってみせろ貴様ら!!
さぁ戦争だ!」
リーナの言葉に、全員が笑った。
「やってやる」
とでも、言うような顔で。
この時が始めて、
このクラスに「やる気」が現れたときだった。
クラス全員の顔が輝いている時だった。
皮肉だった。
今まで加虐心と恐怖にまみれた、中学生にあるまじきグズグズと腐ったような顔をしていた生徒たちが、このときばかりは純粋な輝きを放っていたのだから。
リーナはそれを確認すると、満足そうに鼻を鳴らした。
総勢40名ばかりの人間と、吸血鬼との小さな戦争の開幕の瞬間だ。