Vampire Tale | ナノ





これは十分ほど前にさかのぼる。
帰り際、リーナは屋上に呼び出されていた。
所謂リンチだ。
しかしそんなことわかりきっている。
その上でリーナは屋上へ向かっていた。
意気揚々と「どんな風に屈辱的かつ絶望的に反撃してくれよう」とスキップでもしそうな満面の笑みで。
ふと、思い立ったリーナは鞄から可愛らしいリボンを取り出す。この間町をぶらついている最中、買ったデザートと共についてきたものだ。
紐はそのままでは無力だが、実は水に濡らせば勢いがついて鞭のように扱える。
かわいいリボンで滅多打ちにするのもこれはこれで屈辱的。実に愉悦。なんて思いながら意気揚々とトイレに駆け込めば、目にしたのは汚いトイレ。
水道は水垢が目立ち、床は水でこびりついたトイレットペーパーらしきものが。
便器は……割合。
掃除当番であろう女子数人が掃除用具をもつだけでペチャペチャとおしゃべりに花を咲かせていた。
リーナは、思いっきり顔をしかめた。
トイレは、実生活においても、そして社会的に見ても必要不可欠な場所だ。
実生活に置いてはいわずもがな、トイレは見ただけでその会社、企業や学校の質がわかってしまう。
どんなに経営が難しい状況でも、トイレだけは豆に掃除しておくのが、リーナの数ある信条の一つだった。
つまり、この光景はリーナにとって許し難い。
スタスタと大股で女子に近づき、



【リーナ】
「貴様ら」


「え?」


「なに?」


【リーナ】
「なんだこの有様は」



はぁ?といった顔をする女子に、更に機嫌を悪くし、



【リーナ】
「なんだこの有様はと聞いておる!」



ビシッ!とトイレを指差す。
女子たちはうっとおしそうな顔をし、



「なに?あんた」


「なんか文句でもあんの?」


【リーナ】
「文句?文句だと?山ほどあるな。

まず、貴様ら、見受けるにここの掃除当番であろ?なのに掃除をするわけでもなくここでのんきに談笑に花を咲かせている姿が気にくわん!

この有様をみて嘆く事もせぬ貴様らに我は呆れるぞ!」



とたん、女子たちはうっとおしそうな顔から「ニヤッ」と笑ってみせ、



「あんた、確か最近転入してきた子よね?」


【リーナ】
「いかにもその通りだが?」


「ふーん。じゃあいい機会だわ。ここ、あんたが掃除しといて」



そういって、自分のもっていた掃除用具をリーナに突き出す女子。



「あっ、それいいわ!」


「あんだけ言ってくれるんだもん。さぞ綺麗に掃除してくれるわよね!」



調子に乗って全員でリーナに言葉を浴びせかける。
それに今度はリーナがうっとおしそうな顔をして、



【リーナ】
「よい。貴様らに任せても仕方のないことだ。我がやろう。ほら、邪魔になるからさっさと出て行くがいい」



パッと奪い取るようにして用具を受け取り、用具――モップの先を女子たちに向け追いたてる。
きゃあ、と女子は嫌悪感丸出しの顔でさっさとトイレから出て行く。
そして、トイレの入り口にいる女子に向かって、ビシリと指を突きつけ、



【リーナ】
「五分だ。この程度五分で綺麗にしてくれる」



そう、宣言した。
それからリーナの行動は早かった。
用具入れからバケツを数個取り出すと蛇口から水を汲み、中身がたまって言った順に水をまく。
まずは便器を磨き、こびりついた汚れは力任せに取る。
便器の掃除が終わればブラシで床を磨き、ゴミを一箇所に集める。
もう一度水をまき、モップで水を吸収していく。
この時間、わずか五分。
本当に、やってのけてしまった。
一人で。



【リーナ】
「ふむ、このスペースに三人も必要ないな。一人……多くて二人で十分だ。教官殿へそう進言しよう。

ん?なにをつったっておるのだ。見ていてよいと誰が言った?」



呆然とリーナのあまりの手際のよい掃除を見つめる……見惚れるといってもいいか。
そうしていた女子三人に、リーナは冷たい視線を向ける。
女子三人は我に帰り、宣言どおり五分きっかり掃除し終え、あまつさえピカピカといっても差し支えないほど綺麗に掃除したリーナに何も言う事もできず、そそくさと逃げ帰って言った。
その三人をリーナは憮然と見送る。



【リーナ】
「時代は進歩した。素晴らしい時代になった。しかし、自然は消えていった。人は……変わらずだ」



変わらないものもあるのだな。
嘆息した。
ふと、用事を思い出す。



【リーナ】
「いかん。屋上におるものたちが待ちわびてしまう」



早く行ってしばき倒してやらねば。
おっかないことを口走りながら手にしたモップを掃除用具入れに片付け、可愛らしいリボンをしっかり水で濡らしてトイレを出た。当初の目的を忘れず達成しているあたり流石だ。
トイレから出て、スリッパを並べる。
ふと、背後で異様な気配を感じた。
この時代で起きて、始めて感じた気配。
スリッパを並べ終え、ゆっくり立ち上がり振り向く。



【リーナ】
「……なにやつだ」



いたのは、

学ランを肩に纏い、

その袖に『風紀』と書かれた腕章を付けた、

黒髪の男がいた。



「……君だね、風紀を乱すのは」


【リーナ】
「なにやつかと聞いておる。答えよ」


「答える必要はないよ。君はここで咬み殺されるのだから」


【リーナ】
「ほう?いい度胸だ……よいぞ、かかってまいれ」



リーナはにやりとわらい、荷物を壁際に投げ置く。
手を「クイクイ」と動かし煽る方の手招きをする。
男は少々ムッとした顔をすると、地を蹴り一気に距離を詰めてきた。
振るわれる――トンファー。
顔を狙った一撃は……そのまま直撃する。





ゴッ





嫌な音と共に、鮮血が飛び散った。
周りにいた生徒は、まともに食らったリーナに青ざめる。
「死んだ」。
誰もがそう思った。
大げさかもしれないが、まだ中学生で、喧嘩慣れもしていない一般人な彼らからすれば、頭を強打して血が流れれば「死んだ」と思うのも無理はなかった。事実、人は当たり所が悪ければ死ぬ。
しかし、ここで終わるわけがない。
吸血鬼たる化け物が、頭を殴られた程度で終わるわけがない。



【リーナ】
「よい踏み込みだ。しかし狙いどころが間違っているな。今度からはこめかみを狙うがよい。当たり所が良ければ一発で殺すことが可能だ」



パアンッ!!



瞬間、破裂するような音が響いた。
とたん、よろける男。
にやり、笑う女。



【リーナ】
「このようにな?」



そう言って右手でリボンを弄ぶ。
……あの、水で濡らしたリボンを。
解説すると、リーナが勢いよく振るったほうの手に、濡らされたリボンが握られていたのだ。
あとは、鞭のように攻撃力のついたリボンが男のこめかみに当たり、結果、破裂音のような音が響いた。
男はよろけると、そのまま低くなった体勢からアッパーよろしく下から突き上げる。
リーナは両手でリボンをもち、ひっぱられた真ん中でトンファーを受け止める。
ギギギ……と攻防が続く。



【リーナ】
「いいな貴様!名はなんと申す!我はリーバルントゥ・ナーシャリア!つい最近ここへ転入した者だ!」


【雲雀】
「……雲雀、恭弥。風紀委員長」



かくして現在にいたる。


 




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