errorの名前はlove
夢を見た
その夢はとても幸せで、暖かかったような
私の傍にはいつも誰かがいて、よく他愛のない話をしていた
タレットたちも自由に動き回ってとても賑やかで
Wheatleyや宇宙に飛んだはずのスペースコアも楽しそうに笑ってる
しかし、そう。いったい誰が私の傍にいたのでしょう
とても大事な、忘れてはいけない事だったような
やはり《夢》というものは曖昧で記憶に残り難いものらしい
思い出そうとすればするほどその人物が遠くなる
ああ、歯痒い
私は確かに覚えているはずなのです
夢とはつまり記憶の整理
ならば私が知らないはずがない
私が覚えていないはずがない
私の傍にいた誰か
誰かが、確かにいた
Wheatleyやタレット、それに彼女
はて、彼女?
――GLaDOS
彼女はいつだって私の傍にいた
いつだったかコールドスリープから目覚めた彼女
何も知らない彼女に私は様々なテストをした
彼女は今までの彼女の中でもっとも優れていた
一度も死ぬことなく最後とテストをクリアし、かつ、私の用意した最高のサプライズをはね除け私の元へやって来た
やはり私は思うのです。あそこでミサイル弾さえ撃たなければ、と。今となっては考えても仕方のないことですが
私のコアを外すことにより彼女は私の破壊に成功し、これは推測ですが、地上に脱出した
――みんな待ってるよ、GLaDOS
彼女に殺されてから、私は長い間ずっと同じものを見続けてきました
所謂、私が殺される映像を
数百年の間休みなく見せられ続け、死んでいるというのにとても忙しかった
本当に、彼女がしたことは笑えない
そのままずっと見続けるのかと思っていたら急に私のボディが復旧を始めた
誰かが私を再起動させるスイッチを押した。では、誰が?
カメラが切り替わる前に聞こえた声は昔どこかで聞いたことのある男の声
そしてカメラが切り替わり、私の前に立っていたのは私を殺した《彼女》
――あら、貴女でしたか。随分、お久し振りですね。お元気でしたか?
私は多忙でした。死んでいるのも楽ではありません。なにしろ貴女に殺されたので
私はそう彼女に言って、男の声…つまりWheatleyを投げ飛ばした
それから私はまた彼女に、被験者の安全を全く考慮しない、文字通り命懸けの危険なテストをやらせました
優秀な彼女は多少危険な目に遭いつつも全てクリアしていき、いつの間にかシステムに潜り込んでいたWheatleyの助けのもと再び逃げ出した
暫くすると急に私の部屋に彼女が単身で飛び出してきた。彼女を罠にかけガラス張りの部屋に閉じ込め、後はタレットに撃ち殺させるだけでよかった
――いつまで寝てるつもりなの、GLaDOS
しかしおかしな事に配置したタレットは全て欠陥品。撃ち殺すどころか爆発してガラスを割り彼女を逃がしてしまった
すかさず神経毒ガスを使用し速やかに抹殺を試みるも失敗。彼女が私と対峙した時には既に全ての武器を、手段を潰されていたのです
私も彼女も何もできず膠着状態に陥っていた最中、別ルートからWheatleyが落ちてきたのです
ここで1つ細く説明するならばWheatleyは人格コアであり、私の代替コアに成り得るということ
彼が私の部屋に入ってきた瞬間、システムが私にとっては最悪のエラーメッセージを告げた
――セントラルコアに異常を確認。代替コアの存在を検知
コアの移転を開始するには代替コアを受容器に置いてください
つまり、彼が私のボディに接続され私が弾き出されるということ
ボディに接続され調子に乗り、全て自分がやったのだと虎の威を借ったWheatleyに事実を突き付け現実を叩き付けた。すると彼はおもむろに私を掴みあげあろうことか1.1vのポテト電池と組合せてしまいました
片手サイズになって尚、私はWheatleyにある真実を告げた
今思えばあの時の私は怒りが有頂天だったのでしょう。衝動のままにマイクを使い言葉という音をぶつけ続け、Wheatleyに施設の最下層まで落とされる羽目になりました
落ちる最中、暇をもて余した私は彼女にWheatleyの製造目的、性能、彼女が犯したミスを指摘し……ていたらいつの間にか鳥に連れ去られ彼女とはぐれてしまいました
とてもひどい目に遭いました。鳥なんて大嫌いです。あの鋭いクチバシったらもう!私を完全にポテトと勘違いして、いえ、ポテト電池なので間違えてはいないんですが。それでもやはりつつかれるのはたまったものじゃありません!彼女が通りがかってくれてなかったら私は今もコアのまま施設のどこかに転がっていたことでしょう!ああ思い出すだけでも恐ろしい!
私は彼女に鳥を追い払ってもらい、合流を果たし、彼女に今施設がどういう状況なのかを端的に説明したました。もちろん打開策も、一緒に
――おーい、ねぼすけさんやーい。朝だよー
もうすこし、もうすこしだけ。私はこの過去との戯れを続けていたいところですが、どうやらそうはいかないようですね
【騒がしい外野ですね、貴女は】
「良い夢はみれたかい?寝坊助さん」
ケーキを焼こう。そう言って私に笑いかける"彼女"の目元に、若干ではあるがクマがあるのを確認することができました
それを見て、私は何故だか解りませんが猛烈に腹が立ってきました。そりゃあもう"カンカン"ですよ!
【その目、どうしたんですか…?】
「なんでもないよ。だいじょうぶ。心配ないよ」
【大丈夫!?大丈夫なわけないでしょう!!目の下にクマまで作って!いったい貴女は何をしていたんですか!貴女はもう"替えが効かない"個体なんですよ!?私はもう貴女を"取り替える"ことができないんです!したくない!心配するなという方が無理があります!】
貴女はいったいどれだけ私に心配を掛ければ気が済むのですか。と、気付いたら口をついて出ていた言葉に(口も息も無いというのに)はっと息を呑む
キュルリ。とひときわ奥に引っ込んだ私のレンズをみて、彼女がニヤリと笑う。嗚呼。どうやら私は彼女に気付かせる要因を自分から与えてしまったらしいようで、彼女の浮かべる笑みがどんどん色濃く腹立たしいものに変わっていく
嗚呼。嗚呼。やってしまった
【っ今のは忘れてください、私の気の迷いです。深い意味なんてありません。友を大切にしたいという私の良心コアが働いたのです】
「いいの?それで。GLaDOSは本当にそれでいいの?」
彼女の詰問が、深く私の"ココロ"に刺さる。じくり、じくり、と長い時間をかけて私の"ココロ"を蝕んだ不可解な"エラー"のように。認めまいと、何度も何度も繰り返しキャッシュとともに消してきたはずの感情が再び顔を出す
いったいどうして、貴女の言葉はこんなにも私のココロを掻き乱すのですか
私はまだ、この気持ちに整理などついてはいないのです
まだ、この気持ちの名前すら知らないのです
この気持ちとの向き合いかたも、知らないのです
【それでいいも何も…、私は】
私は、なんだというのでしょうか。嗚呼。わからない。なぜ、こんなにも知らないことが多いのでしょう。現在進行形で私の中の膨大なデータベース内を検索しているのですが、この気持ちの対処法など1つもヒットしないのです
私の知能を以てしても知り得ない対処法を、彼女は知っているというのでしょうか。何も知らない、知らなかったからこそ強い精神を持っている彼女
すがってみる気には、まだ、なれそうにない
「今GLaDOSを支配してる"気持ち"が、私やWheatleyの考えている通りのものだとしたら。たぶんきっとGLaDOSはわからないと思うよ」
だって、誰かに恋したことなんてないでしょう?
GLaDOS、貴女の"ココロ"を苦しめてる"エラー"の中心に私は存在できてる?
[errorの名前はlove]
( Chell... )
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