2011年9月
どことなくぼうっとしているレオンを不審に思いながらも、仕事に支障はないため特に聞くことはない。
ハニガンは報告書の上で頬杖をついたまま五分は動いていないレオンを見て溜息をついた。彼に一体何があったのか―――彼の専属オペレーターであるからにはどんな変化も見逃すべきではないのだが、予想がつかない。せいぜい年が少し下の彼の想い人のことくらいだろうか。

空港での事件の後、彼らはそれまでと明らかに違う雰囲気を纏っていた。
だがそれは想いが通じ合ったとか、そういった類のものではない。
情事の後の艶っぽい雰囲気があるというわけでもなさそうだった。

以前にも増して物思いに耽るレオンを見て、やれそんな表情も素敵だの、やれかっこいいだの騒ぐ女たちがいるのは事実である。

「どうしたの?何かあった?」
「え?」
「え、じゃないわ。貴方ここのところ随分ものを思う時間があるみたいだから」
「厳しいな」

歯にものを着せない言い方は確かにきつかったかもしれない。そう思いながらもレオンの苦笑にハニガンは助けられた。彼と仕事を始めてから2年が経ったこともあるのかもしれない、ハニガンの少しきついもの言いもレオンは上手くジョークとして受け流していた。

「彼女のこと?」
「まあ…そうといえばそうなるのかもな」
「煮え切らない答え…気になるじゃない」
「他人のプライベートに口出しをする程野暮じゃないって言ってたのは誰だったか?」
「そんなこと言ったかしら」

ただのお節介焼きよ、気にしないで―――そうハニガンが言えば、レオンは驚いた表情になった。しかし次の瞬間にはありがとうとその辺の女が見たら卒倒するようなホッとした笑みを見せた。
やはり何か悩んでいたのだこの男は。仕事のことはしっかりしているくせに、プライベートになるとすぐに戸惑ってしまう。そんなレオンを可愛いとも思うし気の毒だともハニガンは思っている。それだけ仕事に専念せざるを得ない立場に彼は立っていたということになるのだから。

「引っ越そうかと思ってるんだが」
「え?広いじゃない、貴方の家は」
「そうなんだが…どうも辺りが静かだろう?」
「まあそうね…」

家に帰らないことも多い特務機関の人間は、自分の家に執着していない人間も多い。
もちろん家庭を持っている者は別となるかもしれないが、基本的にエージェントとして世界を飛び回って仕事をしていることが多い彼らは家は憩いの場ではなく宿みたいなものなのだ。
レオンも例外ではなく、この仕事場に割合近い場所にアパートを借りていた。
だが彼の家はそこまで狭いわけでもなく、結婚した後も住めるであろう程度には広さがある。そこを引っ越そうという理由は“静か”だと言う。
ハニガンには合点がいった。

「彼女をそんな場所で待たせるのが嫌ということね」
「なるべく一人にしたくはないのが本音だな」

先日の空港テロ等の事件など、彼女は非常に危険な立場で生きている。
それでもなるべく普通にしたいからと一般企業で働き続けているらしい。
レオンとしては特務機関の事務あたりにでもいて欲しいのだろう。自分の目の届く範囲内にいて欲しいに違いない。ただ、彼女は悲しい過去の経験から一般人以上、寧ろ特務機関のエージェントレベルの戦闘能力を身につけてしまっていることからただの事務員として迎えられることはないということは分かりきっている。
何だかんだでまだ世界中にウィルスを流している黒幕を掴むことはできていない。そんな中で世界で最も狙われてもおかしくない人物の彼女を一人にすることなどレオンができるはずがなかった。

「でもレオン、貴方それ以前に大切なことをしていないわ」
「…まあな…」
「貴方と付き合ってもいない彼女が同棲のようなことをしてくれると思う?」
「無理だな」
「ふふ、でもそれでもどうにかしてあげたいって顔に出ているわ」
「え…」
「感情を読みとられるエージェントは良くないわよ」
「…まいったな」

そんなに顔に出ていたのかとレオンは照れくさそうに後頭部を掻いた。
眉尻が下がり、ついでに苦笑のために細められた目。まるで作られたもののように美しい。女が騒ぐのも当たり前なのだろう。
それでも彼の意識や視線の先にはいつも彼女しかいないのだ。

「引っ越し先を探すの、手伝ってあげてもいいわ」
「は…?」
「ただ、貴方にそんな顔をさせる彼女にちゃんと会わせることが条件よ」

きっと仕事一筋に生きて来たレオンだ。
住む所探しなどさせたらきっと時間がかかる。
普段から大量の情報を操る自分の出番に違いない。そして、ハニガン自身も気に入っている彼女と、今度は直接ゆっくり話してみたい。普段のレオンのことや、レオンが物思いにふけって失態を犯したりすることなど、きっと盛り上がることができるだろう。


幸せはもうすぐそこまで来ている。


忍ぶれど 色に出でにけり 我が恋は ものや思ふと 人の問ふまで
(私の恋は誰にも知られないようにと、心の中に包み隠しているけれども、今は顔に現れてしまったことだ。「物思いをしているのですか」と人が心配するまでに)




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