2011年8月拍手
JUDGEMENT -if---happened to meet Leon...


これは私への罰なのだろうかと今となっては感じている。
何故このような事態になってしまったのだろう。

すっかり静まり返った警察署の中で、今や動いているのは化物ばかりだった。
廊下のあちこちに血が飛び散っていたり、赤い水溜りができていたり、脳髄や内臓がぶちまけられた跡がある。もう動くことができない人々を何人見ただろうか。思い出そうとする度に吐き気がした。


ケビンたちとはぐれてしまった後、私が目指すのはこの部屋しかなかった。

バリケードをゾンビに崩され、傷ついた人たちを治療していたが、それもいつしか無駄な作業となっていった。死んだ細胞が一気に呼び戻されてゾンビと化してゆく、ラクーン市警の警察官たちを見ていられなかった。肌の色は白くなり、爛れ、言葉さえも発することができなくなった彼らの中には、捜査でよくお世話になった人も多く、悲しみばかりが生まれては重なっている。
薬品が尽き、しかし治療をする相手はもういない。最早必要なものはゾンビになった人々を眠らせるような強力な薬品しかない状況になっていた。私は検死室にその薬品を取りに来たところだった。その時に外から突然鍵を掛けられてしまったのだ。この状況で鍵を掛けるという高等な思考をできるのは、バリケードを築き始めた頃から見かけなくなった署長くらいに違いない。
署長は弾薬を分けて保管したりと、総力戦に於いて絶対に不利になることばかりを繰り返していた。S.T.A.R.S.の所持する強力な武器も移動させてしまったりと一体何がしたいのか私には理解できない。

外からしか鍵をどうこうすることはできない。闘っている彼らの為にと薬品を手に取ったまま呆然とすることしかはじめはできなかった。そして盛んに鳴っていた筈の銃声や掛け声もいつしか止んでしまったのだ。

この部屋には検死を行うはずだった人が何人もいる。死んでしまった人がウィルスに感染してゾンビになることはない。それはあのアークレイ山の洋館事件から密かに続けてきた研究で実証できている。だがバリケードを破られた際に死亡した警察官の体の保管(というより閉じ込めだが)場所になっていたために、何人かの死体と見分けられない人たちもいる。T-ウィルスの感染については個人差があるために、数分もしないで発症する人もいれば何日か後に来る珍しい人もいる。ここに彼らを収めたのは数時間前だ。もうそろそろ発症してもおかしくないはずだ。

もし、まだこの警察署に生きている人間がいるのなら―――。
この部屋にいるゾンビになるであろう人たちを外に出すわけにはいかない。
洋館事件の真相を知りながら、その真相を公にできなかった私にできることはそれくらいしか思いつかなかった。S.T.A.R.S.の生き残った人たちはウィルスに、アンブレラに抵抗するために警察署を飛び出して行った。私は警察署を捨てる覚悟も、真実を語る勇気もなかった。だからここに残り、普段通りの生活を送ってしまったのである。署長の真実も知りながら、脅されたことに恐怖を感じて口外できなかったことも弱さの一部だ。それに対する報いなのかもしれない。警察署の仲間を殆ど失い、ケビンにさえも真実を隠した私に、これから先生きてゆく勇気は生まれるわけがなかった。
最後の偽善を振りかざし、私はここで死ぬべきなのだ。

政府はこの壊れた街を消去するだろう。アンブレラと政府には癒着がある。
消去されてしまうのが早いか、それともこの部屋にいずれ生まれるゾンビに喰われて死ぬか。

ケビンに選んでもらい、共に練習を重ねた銃を使って命を絶つ気はなかった。
それはケビンに対する侮辱ではないかと思ったからだ。彼への裏切りだけはしたくない。それはもうギリギリのプライドだった。
細身の美しい銃身に反して、強力な威力をもつ。ケビンはこの銃を私のようだと言った。芯がある強さだそうだが、私は彼に言われるほど素晴らしい人間ではない。


ぎゅっと目を瞑ると、ぼんやりとケビンの姿が浮かんだ。
彼らはもうこの街を抜け出せたのだろうか。
後生だから、この警察署にだけは来て欲しくなかった。ゾンビの巣窟と化したこの地獄にわざわざ足を踏み入れる必要はない。彼らは―――彼は、外へ出て明るい日の下で生きてゆくべきなのだ。


ガチリと撃鉄を起こした音と被るように、ガチャガチャと鍵を開ける音がした。
もう誰も来ない、来れないと思っていた為に身体がびくりと跳ねあがった。心臓が途端に早鐘になり署長かもしれないと頭が警告を発し始める。
署長の趣味に私が適しているとは思わないが、万が一ということもあるかもしれない。誰もいなければこんな私でも署長の気持ち悪い趣味の一部になってしまうのかもしれない。そんなものは死んでもごめんだった。このまま検死室に籠って死んでしまった方がましだ。

震える手でドアに照準を合わせる。殺傷能力だけは高いこの銃で、せめて逃げる時間を稼ぎたい。
ドアがギイと軋んだ。少しずつ外の光が入ってくる。もともと薄暗いモルグなために、廊下のわずかな光も中を照らすものになるだろう。細長い光が段々と太くなり影が見え始め銃を持つ手にも力が入る。頭に心臓があるみたいに鼓動が頭を圧迫していた。嘗てここまでアドレナリンが出たことがあっただろうかと思わず頭の片隅で考えてしまうくらいには私の中は非常事態だった。

扉が開ききって見えたのはなじみ深いこの警察署の制服だった。
少々乱れた髪は茶色味が多少見られる金色で、彼の後ろには民間人と思える少女がいた。彼も私と同じように銃を構えていた。見たところ、ヘッケラー&コック、この警察署では支給されないはずの銃である。ケビンに毒されてすっかり銃にも詳しくなってしまったことに苦笑が漏れそうになった。

まだ真新しいように見える制服と彼の少し引きつった表情が物語っている。生きている人間がいたことに驚いているのだろう。そして彼は日が浅い警官だ。必死に後ろに控える少女を守ろうと気を張っている。可愛らしく映ってしまう自分の目が年をとったことを自然と思い起こさせた。


「……あなたは誰?見たことがないわ…この警察署にいても何も良いことはないわよ」
「俺はレオン・S・ケネディ…今日着任するはずだった警察官だ」
「…ケネディ……」

聞き覚えのある名前を復唱しながら記憶を掘り返す。何故新人警官を知っているのか、答えはすぐにわかった。そう、このラクーンシティのバイオハザードが起きる直前にケビンの机にあった履歴書だ。アークレイ山事件以前に度々変死体の記事が書かれていたからラクーンシティがどのような状態かは分かっているはずなのに、わざわざ勤務地をラクーン市警に指定してきた変わり者の新人だ。当時はT-ウィルスなんてものはまだわからなかった段階だったために「物好きだな」という感想で終わってしまっていたが。

「物好き新人さん…貴方の上司になるはずだった人からよく話は聞いていたけど」
「!…っ」
「その様子だと西側オフィスには行ったようね」
「誰も…、生きてる人は…」

何と感情を出す警察官なのだろう、彼の報告よりもそのことの方に意識が傾いてしまった。泣きそうな顔をしないでと思わず慰めてしまいそうな気持ちになる。不思議な人だ。

そして彼の様子からやはり全滅だったのだ。外に出られていないから分からなかったが、誰もいないことを改めて知ると絶望感に目の前が真っ暗になりそうだった。予想の範疇ではあったものの現実を知ることは時に残酷である。

彼の精神を支えているのは後ろの少女だ。唯一守るべきものとして彼は何とかやっていけている。守り守られる存在が近くにいることが少しだけ羨ましかった。私には、ケビンが今どこで何をしているか、想像することしかできない。無事であることを祈るだけしかできないことがもどかしく、死ぬことを選ぶことを許されたいと許しを請うている。

「…カードキーを探しているんですが、知りませんか」
「武器庫のカードキー?ここは検死室だからないと思うけど…ちょっと待って」

彼らは警察署を周り尽くしたに違いない。よく署長がバラけさせた鍵を集めることができたものだと感心する。この部屋のクラブの鍵だとか、トランプのマークがモチーフとなっている鍵が何本も存在すること自体、この警察署は本当に頭が狂っている。

検死室の奥にある戸棚の所へと歩いて行く。薬品を入れたり出したりしたところだが、カードキーなどあっただろうか。もしかしたら薬が欲しい一心で見落としていたのかもしれない。
ストレッチャーを置いた所を通ったときに、ガコンという金属音と共に、死体を保管しておく引き出しの戸が外れた。何故という驚きが心臓を圧しつけた。途端に落ち着いていたはずの鼓動は再び早くなった。後ろにいる彼らが二人で何が出ても良いように銃を構えている。少女も銃を扱えるのかとそちらの意味でも驚愕した。おどおどとしている様子だったために本当に普通一般の女の子だと思っていたが。

「……これ…、どうして…」

戸棚から出てきたのは、レオンたちが探していた武器庫の赤いカードキーだった。
私自身はここに入れた覚えは全くなく、入れたとしたら署長か、もしくはこの部屋に来た誰かが―――メモが置いてあり、ちらりと見えた筆跡に恐怖とは違う鼓動の高鳴りがあった。

しかし背後でズルズルと床に何かを引きずっている音が耳に届いたために、手にしたメモを白衣のポケットに押し込んだ。右手に持ったままにしていた銃をその音の方に向けて照準を合わせて引き金を引いた。そして入口辺りにいる二人もほぼ同時に発砲した。銃声が三発響き、続いてまた数発の音が検死室にこだました。

保管していた、否、放置していた死体は死体ではなかったようだ。T-ウィルスで体組織を作り替えていただけのようだった。

「もういない、か?」
「とりあえず収めた人たちは4人だったわ…だからいないはず」

この部屋に入れた数を数えながら、ポケットに突っ込んでくしゃくしゃになったメモを手に取った。開けば、見覚えのある癖の強い、でも力強い字に一瞬にして視界がぼやけた。


『I hope there will be me next to you soon...after running from the dark inside』


ケビンがこの警察署にいないことだけは理解することができた。同時に、死のうと考えていた自分を殴ってやりたい気持ちでいっぱいになる。彼ははぐれてもこうして希望を残してくれていたというのに。こんな環境の中で彼だって辛く苦しいはずなのに。優しくて強い、なんて格好良い警察官―――わたしだけの、わたしだけに、特別な感情をくれる、わたしが世界で最も愛している人。私を今回も導いてくれる強い人。

落ちそうになった涙は指で払った。まだ、泣いていい時ではない。

この赤いカードキーは武器庫を開けるためのものだ。私が万が一この場に来た時に、外に出られるようにケビンが隠して行ったような気がしていたし、あながち間違ってはいないだろう。武器が多ければまだ何とかできる可能性が広がるからだ。

「…武器庫に行きましょう。私もここを出るわ」
「!一緒に…」
「……一緒には行けないけど…道は分かる?」
「ああ。下水道から抜けられることは…」
「そうね。研究所に繋がっているから脱出できる何かがあるでしょう」
「……あなたは」
「私はもう少し調べてから出る。大体の…生き返ってしまった人たちは…」
「…今度こそ眠れると良いとは思っているが…」
「辛かったわね…ごめんなさい。ありがとう」

何てことだろう。この警察署に蔓延ってしまった亡者の人々を彼らは退けて来たのか。
並々ならぬサバイバル能力があるのだと感じさせられる。アンブレラがなければ、レオンは将来S.T.A.R.S.になっていたことだろう。

「お礼に…そのクラブの鍵で一階の宿直室の扉を開けられる。そこのロッカーの中の一つ―――ケビン・ライマンのところに武器があると思う。強力な武器だろうから使ってあげて」
「え…」
「私にはちょっと使いこなせない武器だから」

いつか見せてもらったことがある。
超大型拳銃の五十口径マグナム、デザートイーグル。大きさ、能力ともに最高レベルの拳銃であると。ただ使い道なんてないから専ら鑑賞用だと言って苦笑していたケビンの顔が思い出される。
だから、こんな事態だからこそレオンに使って欲しいと思った。今さっきの射撃の腕を見れば、彼が相当の腕であることはすぐに分かった。いまどき珍しいH&Kの拳銃を使うところも、何だかこだわりがケビンとダブって見える。


「行きましょう」


早く 会いたい
生きる希望をありがとうと伝えなければならない。

レオンと少女の前で一度微笑んでから、私は検死室のドアを開け放った。



『この暗闇から抜けたらすぐに俺はお前の隣に行く』



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -