2012年1月2月 レオン
朝早くに入っていたメールに顔が綻んだ。そこには早く帰れそうだという、たったそれだけの文面があった。
しかしそれだけでも嬉しい。そう思えるのは、彼が自分のことを想ってくれていることが分かっているからだろう。綻んだ頬が柔らかい熱を持ち、顔が上気するのがわかる。目元も緩く下がり気味になり、まるでクリスマスプレゼントをもらった小さい子どものようだと思った。
パタパタと冷蔵庫のところまで駆け足で向かい扉を開ける。二人暮らしというものは案外難しいもので、多くは買うことができない。ちゃんと作ってあげたいなあとすかすかの冷蔵庫を見て何を作ろうか頭の中でメニューを考え出す。
レオンは何時に帰ってくるのだろう。特に時間は言っていなかったと記憶している。とにかく早めに買い物に行って色々と揃えておこうと決めてバッグを手に取った。

そこで目が覚めた。

一瞬何が起きたか分からなかったが、とりあえず頭上に手を伸ばす。手に触れる冷たく硬い金属の塊を迷わず引き寄せて、その文字を素早く読みとった。8時―――会社は9時からである。家から会社まで30分。

「遅刻する…っ!」

布団を蹴飛ばしてベッドから飛び降りると、大して距離もないのに小走りになってチェストまで行き、ブラウスを取り出した。もう時間に間に合えば、格好は何でも良い。昨日ブラウスをアイロン掛けしておいてよかったと少しの安堵が胸に広がったが、安心している場合ではなかった。
顔を洗い歯を磨き、ご飯をそこそこに家を飛び出し、就業開始時間に滑り込んだのだった。


* * * *


それにしても何て夢を見ているのだろう。

昼時になり、仕事が多少片付いたため、紅茶を入れながら少し物思いに耽ってみる。
長年の思い人であり、先日ついに恋人同士となったレオンは、アメリカ合衆国の非常に優秀なエージェントである。何年もお互いに想い続けてきたことが分かった時は驚愕したものの、嬉しそうな表情をしていたレオンの顔は鮮明に思い出せる。
レオンがハニガンに頼みこんで探したアパートに二人で住んでいる。レオンはエージェントとして世界各国を飛び回ることも多く、家に帰って来ないというのはよくあることだった。そして今も彼は世界のどこかでウィルスと戦っているのだろう。特務機関に世話になることはあるが、所属しているわけではない自分に、任務の情報は入ってこない。任務が終わってからレオンに聞かされるくらいである。不安もあるが、レオンは必ず帰ってくると約束をし、そしてそれを破ることはない。いつも「これから帰る」というメールを心待ちにしながら普段通りに過ごしていた。

レオンが任務に出てから既に一週間が経過していた。そろそろ寂しいのかもしれないと昼食に買ってきたパンをかじる。離れていたときは会えるだけで十分だったのだが、一緒に居始めるとなかなかにそうもいかないらしい。人間の欲は進んでいくというが、まさにその通りだということを身にしみて感じざるを得なかった。

「なあ、今日は空いてるか?」
「何かあった?」

横の机の主が買い物から帰って来たらしく、椅子がギシリと音を立てた。今日といっても恐らく業務が終わった後のことを言っているのだろう。何か会社の予定でもあったのだろうかと頭の中のスケジュール張を引っ張りだしたが、特に思い当たることはなかった。
椅子に座って再びパソコンを立ち上げながら、同僚はパスワードを入力している。認証された音がした。

「同期で食事らしいぞ。ミシェルがこっちに出張で来てるらしい」
「ミシェルが…?行きたいわ」
「じゃあ決まりだな、ダレスには俺から伝えておくよ」
「お願い」

一応“普通の一社員”として世の中を生きていく決意をした自分にももちろん“普通の”仲間がいる。ラクーンの話題はもちろん伏せているし、もちろんトライセルやアンブレラといった製薬会社に追われたりしていることも伏せているし言う気もない。ヨーロッパに拉致されたときも、たまたま被害に遭ってしまった一般人という認識が会社の中ではされていた。

「でもそんな簡単にオーケー出していいのか?あのカッコイイエージェントの彼は?」
「たぶんアメリカにはいないと思う」
「ふーん…」

アシュリーという大統領のお嬢様が絡んだこともあって、あの事件は大々的に報道された。クレアと共に心配した同期のメンバーも迎えに来てくれていたが、そのときにレオンのことを懸想していることを勘付かれてしまい、その後こうしてちょこちょこ会話の端にレオンの名が出るようになった。

「随分綺麗な顔してるよな…エージェントとか勿体ないだろうに」
「………そうね…」

何気なく言った言葉なのだろうが、同期のその言葉は心臓を大きく揺さぶるものだった。思わずドキリとしてしまう。曖昧に笑うしかできず、自らも業務に戻ろうとパソコンの電源を再び入れる。

それきり会話はなくなった。




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