マレット島から帰り、トリッシュを相棒に仕事をする日が続いた。昔より仕事を選り好みしなくはなったが、それでも“合言葉”のある仕事ばかりをやっていることも事実だ。

「今日もラクショーだったな」
「そうね」
「まったく…封印したと思ったら一気に手ごたえが無くなっちまった」

つまらない、とダンテはエボニーとアイボリーを手中で回しながら愚痴る。詰まらないことも確かだが、魔界が活発であるときもそれはそれで面倒だったので何とも言えないのも事実だった。

トリッシュは矛盾したダンテの言葉にクスリと笑いを零す。帰宅するだけなのもあるのか、心なしか歩みが軽い。

「………あら?」

店の前に座った状態の犬がいた。
律義に誰かを待っているようで、少し長めの尻尾が揺れていた。店の中に人がいないこともわかっているらしく、なかなかに賢そうな犬だった。

ダンテと同じくらいの白銀の毛並みを持ち、少し煤汚れてはいるが、月の光を受けて輝いていた。神の遣いかと一瞬勘違いしそうになってしまった。

「ワンちゃんだな」

ダンテも気付いたらしく、不思議そうにしながら近づいて行く。
犬もダンテの気配に気づいたのか、階段を降りてダンテに近寄り、すぐに足元に座った。

「随分賢い…」

まるでダンテをご主人様としているような動きだった。知性も高そうだが、従順なところに育ちの良さをダンテは感じ取った。悪魔の気配もなく、本当にただの犬だとわかると、しゃがみ込んで頭を撫でてやる。くーんと少し弱弱しい鳴き声を出しながらダンテの手を受け入れ、犬は目を閉じた。

「首輪か。お前どこのワンちゃんだ?」

ワンとしか答えない―――犬だから当たり前か、とダンテは苦笑して立ち上がった。これだけ大人しいのなら迎え入れても良いだろう。今日は悪魔退治で自分も疲れている。飼い主は明日探してやろうと思い、ドアを開ける。鍵はかけて出て行っていないためすぐに開いた。

「来いよ、明日飼い主探してやる」

その言葉が分かったのか、犬はもう一度鳴き声を上げると、ダンテに導かれて店の中に入る。デビルネバークライの中に。

「あら珍しい。こういうの一番嫌いだと思っていたけど?」
「何でだろうな」

デビルネバークライ―――表向きは便利屋なために、本当に“何でも屋”だと勘違いしている人間が依頼をしてくることがある。というか、ほとんどそれで、悪魔絡みの仕事なんてほとんど来ないに等しい。

トリッシュがにやりと意地の悪い笑みを浮かべたのを視界に入れないように、ダンテは店の中へと入った。
犬がどこへ座って良いのかわからずにうろうろと回っているのが何だか滑稽で、思わず噴き出した。かわいいじゃねえかと思いながら「こっちに来い」と手招きする。大人しく寄ってくる犬に愛着さえ湧いてしまいそうだった。

「こいつの飼い主は分かってるぜ。白いやつには赤ってな」

首輪の色を確認して更に顔がにやけた。自分のパーソナルカラーである赤を身につけたこの犬に近いものを感じてしまう。

「…私、先にシャワー借りるわ」
「どーぞ」

でれでれと犬に戯れるダンテに溜息をついて、トリッシュはさっさと汚れを落してしまおうとバスルームに向かった。硝煙の臭いが染み付いてしまっていてくさい。

「それにしてもお前、何か神様とやらのお遣いみたいな雰囲気だな」

気位の高さというのか、その犬の持つ雰囲気がどこか荘厳であるように感じ、思ったことをそのまま伝える。まあ神の遣いだったら喋れるだろうなと思うあたり、自分はかなり現実を見ているとダンテは思う。
魔帝だの魔界だの悪魔だの、そういった部類のものとばかり接しているせいか、本当の意味で神々しいものに出会うのは久し振りだった。そもそも自分に悪魔の血が流れているために余計にそう感じるのかもしれないが。

「飼い主は美人か?おっさんとか勘弁してくれよ」

こんなに良い犬を飼っているのだから、きっとお金持ちのどこぞの美しいお嬢様が飼い主に違いない。そうあって欲しい、最早ダンテの願望だった。

美人で色白で、そこそこ身長もあって、出てるとこは出ている―――「いてぇっ」


軽く噛まれてダンテは小さく悲鳴を上げた。
今の自分の浅ましい思考が伝わってしまったのだろうか、温厚な雰囲気だった犬を纏う空気が若干獰猛さを含んだような気がした。
そんなことまで分かるのかといよいよただの犬だということを信じられなくなりそうだ。

「悪かったよ」

ここまで賢いと上級悪魔なのではないかと考えてしまう。喋れないだけ(もしかしたら話せるのかもしれないが隠してるのかもしれない)で、なんてことはよくある話だ。
うーと威嚇するように唸っている犬は余程のご主人様好きとダンテは見たのだった。


「お前がそれだけ好きな飼い主なんだからすぐに見つかるだろ」