Au revoir dans votre monde



he who does the truth comes to the light, that his deeds may be clearly seen, that they have been done in God...


(From:The Gospel According to JOHN-3-21)



-Au revoir dans votre monde-



パリンと砕ける音と共に一体の化け物が崩れ落ちて消えた。たった一発で何事もなかったかのようにそれは行われた。
その調子で三体ともあっという間に倒され、再び静寂が戻ってきた。
千里は弓を構えたまま体が固まっていた。

今の光景ももちろん非日常過ぎる。
あんな剣どうやって普通の人間が出せるのだろう。ということは、彼は人間ではないのだろうか?それとも、これも夢?

千里の混乱を余所に、スクナが美丈夫に寄ってゆく。今のを見て強い者、従うべき者として認識したのだろうか。彼の方もスクナが寄っても何も言わずにじっと見つめている。

彼が手を出すと、千里にするように擦り寄った。彼はその手をスクナの頭に置き、丁寧に撫でた。言動からは想像できないほど優しい繊細な動きだった。

彼のことがよくわからない。



「…あなたは、どうしてここにいるの?」


純粋な質問だった。
手が止まった。彼は千里の方を見ない。

「…何故、こうして生きているのかわからない」

一言、簡潔に、少しずれた答えが返ってきた。何となく話を反らされたような気がした。
ただ、生死に関わる何かを経験していることは確かで、そのことが彼の存在を儚げなものにしているのかもしれなかった。

千里から見て、彼は目つきは今まで出会った誰よりも鋭いものを持っているが、どうにもその鋭さの内側は何よりも脆いものに思えてならない。

だがその“脆さ”を突いてはいけない。本能がそう言っている。今聞くべきことではない。

話題を反らす方が賢明と思い至り、スクナを見ながら思ったことを言うことにした。

「スクナが懐くなんて珍しい…その子は弟の方と違って、なかなか人に懐かないのに」
「…弟?」
「双子なの…弟の方とははぐれちゃって…」

“双子”にぴくりと彼が反応を見せた。だがそれは微々たるもので、ヒコナの方へ意識を向けてしまった千里には気付けないものだった。スクナはその彼がふと見せた表情を下から見上げていたが、千里に伝えられる言葉はない。

「ここじゃない、安全な所にいたらいいけど…」
「………」
「…あなたは、もう出口は探さないの?」
「……、」
「私はもう行くね。ヒコナも探したいし…。…体は大丈夫?」

彼の服は破けて所々素肌が見えている。肌に傷はないようだが、思わず心配になる。先ほどから体勢も変えていないところを見ると、疲労がたまって動けないのかもしれないとも思う。だが、それを一々口に出しては、怒られてしまいそうで、千里はまとめて「大丈夫か」と尋ねた。

「貴様に言われるまでもない」
「…そう…じゃあ、また会えたら」

辛そうに見えるのに、人と関わりたくないのだろう。強い人だ。

千里は苦笑するとスクナに目配せした。スクナは元気に吠えると千里が行きたいと思っている方向へ歩き出した。
その後に続きながら一度振り返ると、彼は再び目を閉じて何かを思っているようだった。少し離れて見る彼は、それはそれは美しい像のようで。やはり見とれてしまう。

「……名前聞くの忘れちゃった」

まあもう会うこともないような気がするが。
千里は少し勿体ない事をした気持ちになり、再び苦笑を浮かべた。きっと彼に合う美しい名前を持っているに違いないのだから。自分は初めに名前を聞かれたはずだが、千里はすっかり忘れている。

パシャパシャと緩く水が跳ねる音が千里の耳に入ってくる頃には、銀髪美丈夫が見えない所まで来ていた。

 

* * * *



「お前…よく食うな…」
「あなたそっくりじゃない」

いつもの机の上に頬杖をつきながらダンテが呆れた声を出すと、トリッシュは似た者同士だとだけ言って自分の部屋に引っ込んだ。何だかトリッシュはこの犬が苦手なのかもしれないと先ほどからあまり犬と一緒にいたがらないところを見てダンテは感じていた。

一方机の前にいる先ほど拾った犬は、ケルベロス用に買っていたドッグフード(最近お気に入りらしい)を遠慮なくムシャムシャ食していた。

煤けていると思ったために風呂に入れてやったが、その時も嫌がることなく、むしろ嬉々として水で遊んでいた。おかげでダンテの方が水を被っているような感じになってしまったが、それでも一応犬が綺麗になったので良しとした。
汚れを落としてみると、思った通り美しい銀色の毛並みを持っていた。血統書つきでもおかしくない。

「明日は依頼もねーしな…」

一日家でごろごろしているなら動いた方が良いのだろう。何故か放っておけない犬だ。

その放っておけない感覚がどこから生まれているのかは説明ができない。ただ、この犬の飼い主を捜せばきっと面白いものに辿り着くだろうというようわからない予想だけが漠然と頭の隅にある。
普段から刺激を求めて生活しているダンテにとって、その感覚は久し振りだった。それこそ魔帝を倒すためにマレット島に行って以来の感覚だ。

マレット島―――ムンドゥスとの戦いもそうだったが、それ以上に気になることがあった。

兄であるバージルを見たのだ。
ネロ・アンジェロという悪魔になっていた彼を倒したのもそう遠くない日である。初めは気付かなかったが、三戦目にして、最後にアミュレットを残して消えた。
あのアミュレットはテメンニグルのときに最後に兄が拾い、「これは俺のものだ」と言った物と同じだった。金の鎖に繋がれていたアミュレットは、今はダンテが持っていたものとぴったりくっつき、母の写真の前に置いてある。
アミュレットが一つになったことで魔剣スパーダの本来の力を復活させ、ムンドゥスを倒すことができたのだが、魔界を閉じてもダンテの心は落ち着くことはない。

兄は今度こそ本当に死んでしまったのだろうか。

それさえも分からないし、調べることもできない。魔界はダンテ自らが強い意志を持って閉じてしまったのだ。再び開けることは許されないだろう。

「……バージル…」

人の形をとっていた兄の、落ちて行く中で見た最後の微笑みが忘れられない。