Prologue---Oct.1996
ビニール製の手袋を二枚重ね、青い固い繊維でできたエプロン(なんて可愛らしいものではないが)で身を包む。頭には同じ生地の帽子をした後にゴーグルをかけた。少しでも遺体の体液との接触を避けるためである。何とも云えない緊張感がいつもそこにはあり、中々慣れるものではない。慣れたらその時点でその人間性の終わりを告げられるだろう。

しっかり紐を結んだかもう一度だけ確認し、シルヴィアはゴーグル越しにこれから見る遺体に目を向けた。まだ、マスコミには知られていない―――奇異な遺体と向き合うのだ。

-JUDGEMENT Prologue-

エイムズ河で発見されたという遺体は少々変わっていた。否、少々とは言えなかった。
死後から時間は大分経っていて、第一発見者であるエイムズ河付近に住んでいる住民はその異臭を細かく伝えてくれた。その途中で吐いてしまう程にきつい異臭だったらしい。
腐乱状況は確かに酷いものだった。死亡が推定される日時から今日までの間は約一週間。その間に雨が降り続いた日が三日もあった。遺体の損傷を進行させてしまい、臭いは相当きつかったに違いない。恐らく致命傷となったであろう眉間に開けられた穴は計ったところ三十八口径の銃弾が通り抜けたものだという。美しいほどに真っ直ぐ開いていた。脳を突き、その中身が遺体の近くに散っていたということで自殺かもしくは額に銃を突きつけられ発砲されたのではないかというのが、一番に駆け付けた検屍官の見解だった。
すぐ近くに落ちていた銃弾は血液こそ雨で流されていたが、至急に行われたDNA鑑定の結果、遺体のDNAと一致したという。特に加工はされていない、ごく一般にその辺でも売られている弾だった。

これだけ聞けば、ただの殺人事件だが、そうはいかない驚愕の事実がこの遺体の裏にはあった。

この遺体の胃の中を調べたら、普通ならあり得ないものが検出されたのだ。
人は死ぬと体内の消化は止まり胃の中にものが残る。そこからどんな状況で、どんなものを食べたなど様々な情報を得ることができる。
酒ならアルコールの度合いも含めて捜査の幅が広がるし、逆にすっからかんなら虐待を受けていたのではないかとかどこかに捕まっていたのかなど新たな罪を探っていくことができる。
しかしこの遺体の胃から出て来たのは、人間の肉だった。

「そんなに消化されていないみたいだ…せいぜい30分だろうな」
「人の肉を喰らって30分以内に殺されたということ?どういう状況なのよ」
「それより、資料は受け取って来てくれたのか?」
「少し見てしまったけれど」
「構わないよ」

今も傷口周辺やその他に痕がないかなどを向こうでラクーンシティ警察署直属の検死官のアンドリュー・カーターが念入りに調べている。彼は来年に定年になるらしいが、見た目の溌剌さやはっきりしたもの言いからはどうにもそうは思えない。彼の講義を大学で受けてからというもの、こうしてシルヴィアに目をかけてくれている。有難いことである。
そしてシルヴィアが書類を手渡した相手―――アレックス・ワイラーはこのラクーン市警の副検死室長である。若干29歳にしてこの地位にいる彼は、一部では大変な有名人だ。指紋と銃に関しては彼の興味の上をいく人間はいないのではないか。そんなことが医学会では噂されている。見た目は爽やかな賢そうなハンサムなのだが、口を開けば指紋についての画像解析の技術についてだったりするものだから変わり者としてこの警察署内では通っているらしい。

「…性的な結果はない、か」
「精液も遺体周辺や彼の衣服には付着していなかったから」
「着替えさせたにしてもそれまで置いていた場所の繊維や犯人の指紋もないんじゃね、どうしようもないね」
「……でも手首に手錠の跡があったんでしょ?」
「この世の中手錠なんて簡単に手に入るさ」

失神の記録もないのか、とんだ嗜好だねと言うアレックスの表情は言葉に反して固い。

人の肉、所謂カニバリズム嗜好だと仮定するとしたら、それが行われるのは性的行為の後になるだろう。おまけに遺体には手錠の跡がきれいに残っており、傷口の具合から見て暴れたのだろうと判断できた。擦れていて所々出血や内出血が見られた。

「興奮したような跡もないとは信じられない」
「ホルモンが普段の人間の割合とそう変わらないものね」
「困ったな…」

「困ってるのはこっちだよ二人とも、手伝ってくれ。次は背中を見るよ」

二人で資料を前に唸っていると、部屋の奥から声を掛けられた。アンドリューは苦笑しながらシルヴィアとアレックスに手招きをしていた。二人は慌ててお互いの格好のチェックをしてから彼の元へと向かった。
そう、一番の資料は本物だ。だから今は集中しよう―――シルヴィアにとって忘れられないものとなったこの検死は、後に大きな波紋を彼女の中で広げることになる。

そんなことを知らないまま、##NAM1##は目の前の遺体に必死に取り組んでいた。

そして10月31日、ニューズコメット紙に記事が掲載された。

―――エイムズ河で変死体発見  アリッサ・アッシュクロフト―――
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