美しい風景だったと思う。再びその街を訪れるまでに、一回だけ遊びに行ったことがある街、ラクーンシティ。 ディアナは両親に連れられてラクーンシティ警察署へと足を踏み入れた。美術館を買い取った後に警察署を入れたらしく、ところどころに絵や胸像が飾られていて、警察署には見えなかった。 目的の場所のドアを開けた先には、ディアナの好きな幼馴染の兄の姿もあった。 「クリス!」 「あれ、ディアナ?」 突然の訪問者に驚いたのはクリスだけではなかった。その場にいたS.T.A.R.S.のメンバーも同様で、すぐにその少女に興味を示す。わらわらと一気に周りをむさ苦しい青年に囲まれても、ディアナは微笑んでいた。 クリスはその中からディアナを抱き上げた。温かい、そして力強い腕は、ディアナが世界で一番安心することのできる場所だった。 「15歳になったのに…まったくもう」 「いいじゃないか、本人が良いなら」 ディアナの両親は苦笑いでその様子を眺めている。クリスと共に笑うディアナはとても15歳には見えない。 クリスとディアナには、単なる幼馴染として以上の繋がりがあった。それは決して体だとか恋人だとか、そういうものではないけれど、それ以上に強い繋がりである。 ラクーンシティ崩壊まであと一年のある日のことだった。 -airport 01- 『今より着陸態勢に入ります』 耳に入ったアナウンスに驚いて目を覚ます。 ディアナは随分と眠っていたらしい。離陸ではなく着陸ということだから、しっかり睡眠時間をここで確保したということになる。最近は転勤の都合で忙しく、睡眠を削っていた部分もあったためにありがたかった。それに、時差ぼけもこれなら大丈夫だろう。 ディアナは幸運なことに窓際の席だった。窓の外を覗いてみると、大分近くなったワシントンが見えた。 「……」 メールは、見てくれただろうか。 エージェントのレオンは今日も任務だろうか。 今は携帯電話を切ってしまっているからわからないが、もしメールが返って来ていたら―――と思うと顔がにやけてしまう。 一年前の事件以来、今日初めてメールをしたが、自分のことは覚えていてくれているのだろうか?頭の良いレオンのことだから覚えているとは思うけれど。日々の仕事の多さに忘れてしまったかも。 「それはそれでいいけど…」 ちょっと悲しいかな、なんて思わず呟いてしまい、隣の人が訝しげな視線をディアナに向けてくる。すみませんと小さく頭を下げて、恥ずかしくなって外の景色を見ることにした。 今日は雲もなく、青く美しい空だ。 頭に浮かんだ7年前の惨劇の暗い空とは大違いだった。こういう空を、何のしがらみもなく見ることができる人が羨ましい。自分はこうして、どうしてもあの時と比べてしまうから。もう後戻りすることなんてできないし、しようとも思わないが、それでも世間一般のごく普通の女性として過ごしていけたら良かったのに。 ただ、その場合はレオンと知り合うことはなかっただろう。 アンブレラ社崩壊により、世界は一気に生物兵器テロの時代に突入した。クリスはその撲滅のためにBSAAという組織に所属して、世界を飛び回っている。以前より会えることはぐっと少なくなり、連絡を入れても返事がないことももう慣れてしまった。それでも、クリスはディアナの報告(メールである)を読んでくれているのだろう。一週間に一度は近況報告をするようにという何とも親父のようなことを言っていた。ディアナの絶対的存在である彼に言われては破ることはできない。もちろん一週間に一度はメールを送っている。 クレアはテラセイブに入って、こちらも世界を飛び回って仕事をしている。ウイルスと戦うのではなく、ウイルスの製造の根本からを否定し続けている。 私には、そんなことはできない、とディアナはぼんやりと思う。 逃げるので精いっぱいだった7年前。 少し銃で戦うことを覚えたユタや南極。 戦いに身を投じてみてわかったのは、“自分はとても非力だ”ということ。クリスみたいに戦士として立ちまわることはできない。クレアのように強い戦いの意思を持つこともできない。 そんな自分にできることは逃げることだった。 ラクーンシティから逃げ伸びたことがそんなに不安の種なのかと問いたくなる程に執拗なアンブレラの追手。クリス、クレア、レオンにはそんなに追手を向けていないのに、何故自分だけ? 南極から帰ってきた後、クリスはすぐに反アンブレラを掲げて世界へと出て行った。クレアも大学を中退してテラセイブへと入って行った。その後すぐに追手に追われる生活が始まり、ディアナは一人で逃げる日々が続いた。両親はどこにいるのかわからないしで誰にも頼れず、一カ月ほどで収まったことは幸いだった。その後は大学へ通い、今の企業へと無難に就職した。 『お疲れさまでした―――』 「…!」 今日はやけに物思いにふけってしまう日だ。 機内アナウンスや周りにつられるようにして、ディアナは荷物を取り出して飛行機の外に出るための列に並んだのだった。 → |