燃え盛るカーティス・ミラーの家を見て、アンジェラはカーティスが実際に行動を起こしていることを認め、「自分が止める」と決意した。
火事になっている現場に長居することは身の危険になるとは分かっていても離れがたいものがある。それはレオンにも分かる気持ちだった。

あの燃えてしまった街―――1日もいることができなかった街を思い出す。エージェントになってから一度だけラクーンシティの跡地に行ってみたが、何も残っていなかった。本当に“何も”残っていない街がそこにはあった。全てが焼き尽くされ残ることすら叶わなかったのだ。紙も証拠も生物も。数年経ったはずなのに、外からの立ち入りを拒む黄色いテープが年季だけを食って虚しく揺れていた。薄くなったKEEP OUTの文字は消えたとしても、これからも人の往来を拒むものになるだろう。
自分の人生が消えた土地。憎しみと愛情と慈愛が生まれた土地。レオンの倒錯的で激情的な愛情はあの頃からたった一人の女性に向けられている。レオンはたまに、ディアナのことを不憫に思うことがある。人生の狂った自分に縋るような愛情を向けられる彼女は可哀相だと。それでも離す気はない自分にも嫌気が差す。誰かに取られたくない、渡したくない、あの死闘を乗り越えた自分が一番彼女の近くに居る資格があるのだと物理的に手の届かない彼女の周りに牽制をかけてやりたいとさえ思ったことがある。

「……レオン?」
「…あ、ああ…悪い」
「大丈夫?」
「大丈夫だ。少し考え事をしていた」
「…ディアナのことかしら」

アンジェラの探るような青い目に見つめられて話すべきかどうか悩む。自分の経歴はお世辞にも人に誇れるものでもないし、その原因となった事件も軽く口にできるものではない。

「貴方達家族みたいだったから」
「家族…?」
「ええ…兄妹みたいだった…」

奇跡的に残って、ひらりと落ちてきた写真を見ながらアンジェラが懐かしむように言う。

兄妹が犯罪の一翼を担うということにどのような気持ちでいるのだろうか。聞くことはできないが、アンジェラの表情はショックが見受けられるが、その中には懐古の気持ちも含まれているのかもしれない。犯罪を犯す前のカーティスとアンジェラの兄妹はどういう関係だったのだろう。

兄妹というと、レオンの頭にはレッドフィールド兄妹が浮かぶ。彼らは二人ともバイオハザードに巻き込まれて現在戦いを挑んでいる。勇ましく素晴らしい兄妹で、レオンの目指す姿を二人とも持っている。

だが、自分とディアナが“兄妹”と言われてしまったことにはショックを隠せなかった。
クレアには散々「あなたって本当に分かりやすくて苛々するわ」と言われていた。ハニガンにも「もう少し抑えてもらえるかしら」と言われたり、挙句の果てにはアシュリーにも「レオンて本当にディアナが大切で仕方ないのね」と苦笑しながら言われたりと、自分の中でも割と分かりやすいと捉えていたつもりだったのだが。気付いていないのは最早ディアナ本人と彼女の幼馴染のクリスくらいのものだと思っていた。
しかし、アンジェラのような初対面ともいえる人々からすればそう見えてしまうのだろうか。少なからず衝撃だった。
病的なまでに妹を心配する過保護な兄とでもいえる光景に見えたのだろうか。

「兄妹…」
「…ごめんなさい。貴方にとって彼女は別格で大切なように見えたから…」
「いや…大切だよ、ディアナのことは」

大切だし守りたい、自分が一番傍についていたいと思う気持ちは本物だ。それに、ディアナのことをレオン自身は妹と思ったことはない。その事実だけがあればいいではないかとレオンは自分に言い聞かせた。

ディアナは無事に機関内の治療室に辿り着けたのだろうか。彼女のことを考え出すと、どうにも意識がそちらにいってしまって良くないとはわかってはいるが、なかなか直せない。
ピピ、と通信が入る。レオンは3コールでその通信に出ると、相手は予想通りハニガンだった。

『レオン、緊急事態よ―――』
「緊急?」
『落ち着いて聞いてちょうだいね』

ハニガンの声は緊張を孕んでいて焦っている様子だ。自然とレオンの身にも緊張が走り、通信機器を持つ手にも力が入った。

『―――ディアナを迎えに行ったはずの救急車両をロストしたの』
「何…?!どういうことだ!」
『テロの一味に襲われたか、それとも……、事を起こされたのか、彼女の行方がつかめないからわからない』
「携帯は…!……空港に置き去りにしてきたか…」
『そのようね。彼女の携帯のGPSは空港内に反応が出ているから』
「…俺たちはカーティス・ミラーの家に来たが証拠は今燃えている最中だ」
『カーティス・ミラー…今こちらでも調べているわ。詳しいことが分かったら連絡する』
「ああ」
『ディアナの方は……今は彼女が一人で生き延びてくれていることを祈るしかない。テロまでの時間がない方が問題なの…ごめんなさい。総動員して両方の情報を集めます』
「…ああ、仕方がない。頼む…」

政府直属の組織ということは、国や世界が第一優先度となってしまう。個人の感情を捨てて有事の際には赴かなければならない。分かっているが、気持ちはざわついて落ち着かない。

「…どうしたの」
「ディアナが乗った筈の救急車両が追跡不能になった…」
「それって…、ジャックということよね…?」
「恐らく…ディアナのことを知っている奴らがいるとしか―――」

レオンの端正な顔が苦しそうに歪む。
ディアナを車両に渡すときにもっとしっかり確認しておけば良かったのだ。そしたらこのような事態には発展しなかっただろう。ハニガンに車両に乗っている人たちの名前と役職を尋ねたうえで信頼のおける人物と判断してから彼女を任せれば良かったのだ。

ギリギリと奥歯が軋む。
いつどこで何が起きるか分からないことを頭に入れていなかった。

「…レオン、ディアナには何かある―――」

アンジェラが眉根を寄せてレオンにディアナのことを尋ねようとしたとき、またもレオンの手の中にある通信機器が着信を知らせた。

「すまん、アンジェラ…」
「いいえ、早く出て」
「―――はい」

着信相手はクレアだった。

「クレア、どうした?」
『レオン、今すぐウィルファーマに来てちょうだい。G-ウイルスがあるの。t-ウィルスに続いてワクチンを作るつもりだったらしいわ。さっき議員から連絡があったの』
「今フレデリックは?」
『サーバーの修理とか何とか…部屋にはいない』
「Gを処分しに行ったのかもしれない」
『まさか…』

クレアの報告のタイミングを疑いたくなった。フレデリックを白だとは思っていないが、このタイミングで席をはずしていることは何か引っかかる。
G-ウィルスがウィルファーマにあるということは、ブラックマーケットから仕入れたということだ。もちろんアンブレラ経由で。アンブレラとディアナだけが所持しているGは希少価値が高く、恐らく価格も莫大なものだっただろう。
Gを処分することはそこまで難しくはないはずだ。空気・飛沫感染もなく、体内に取り入れさえしなければ問題はない。その場で燃やしてしまうことが一番いいだろう。
クレアがラクーンシティの生き残りだと知って警戒しているのか、それとも逆にあの日のラクーンシティの真実を知る者を消そうとするかのどちらかだろう。

『…内線に呼び出しが入ってるから少し待っててもらってもいいかしら?』
「ああ」

確かにクレアの背後から通信の音が聞こえていた。レオンも耳を澄まして、少し遠ざかったクレアの声を聞き取ろうとする。

『フレデリック?今どこにいるの?』
『どうして?サーバールームに行ったんじゃないの?』

小さくだがクレアの様子から、電話の相手はフレデリックに間違いなかった。サーバールームではなく、どこか違う場所にいる。

しばらく無言が続き、クレアの息を呑んだ音が大きく聴こえた。

『嘘?!ディアナ?!』



その直後、電話は突然切れた。




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