ドアにはロックがかかっていると思っていたがそんなことはなかった。ドアの前に立つと自動で重そうな白い扉が開いた。確認を怠ってはいけないと、ディアナは前方に向かって銃を構えて左右の確認を行った。しかし人はいない。フッと軽く息をついても警戒は解かない。

(人がいない…気配がない)

重要なフロアのはずなのに人がいないことには起きた時から疑問を感じている。セキュリティに自信があるというのか、それとも何か問題が起きているのか。このフロアにいては分からないだろう。ただ自分が目覚めたときに誰もいなかったことは運が良かったとしか言えない。人がいたら抑えつけられていたに違いないのだから。

八の字を描くように視線を動かしながら一歩一歩前へと進む。廊下の左右にあると思われる部屋の扉を開くべきか否か。機械がないことから、カードキーは必要ないようだった。壁についているバイオハザードマークはしっかり頭に入れて、ディアナは開ける決心をした。

自分が寝かされていた部屋と同じ白い扉だが、こちらは手で開けるようだ。左手で銃を持ったまま右手を取っ手に手を掛けて、一度後方を確認する。不気味なまでに人気はない。ドキドキと心臓が強く音を体に伝えている。こういうことをするのは、あのヨーロッパでの出来事以来だった。

(さん、に―――)

いち、と心の中で唱えたカウントダウンに合わせてドアを開け放ち、すぐに右手を銃に戻してバランスをとる。撃鉄をおこして前方から左へと視線を移し、再び前方を向いた後に今度は右へと目を動かす。洗練されてしまった動きだと自分でも感じている。驕りではなく、現実に。

「手に持っているものを捨てなさい!」

ガチリと銃に入る力が音になる。部屋の奥で何かをしている人間が一人いたために、ディアナはこえを張り上げた。もとに戻ろうとするタイプのドアが閉まり外から入る微弱な風も止んだ。

奥の作業をするような場所は簡単に仕切られていて、どんな人間が作業をしているかは分からなかった。ガラス戸を通して向こうを見た限りでは人数はそこまで多い訳ではないらしい。行き来する場所は一か所のみ。先にその場についた方が主導権を取ることができるだろう。早足になるにつれて、自分に聴こえる鼓動も大きくなる。

透明の分厚いビニールのカーテンのような部分の隙間に体を入れて、ディアナは再び口を開いた。

「…作業をやめて」

髪がかなり長く伸びた男性だった。彼はガチャガチャと試験管を動かしているが何かを探しているのだろうか。カーキ色のコートに隠れてはいるがその下から覗くほっそりとした足から推察するに、あまり良い栄養状態とは言えないようだ。髪もお洒落で伸ばしているようには見受けられない。手を止める気配のない彼を不審に思うのは当たり前だった。
一歩彼の近くに踏み出す。カツンと、これも「レオンに会うかもしれないから」とディアナが背伸びして履いたパンプスのヒールが音を立てた。試験管を動かす音もしているはずなのにやけに大きく耳に入った。

彼は作業を止める気配はない。
一歩一歩と進んでいたはずなのに、既に彼の背に銃口を押し付けられるほどの距離までディアナとの距離は縮まっていた。だが仕方がないのだ。
そっと彼の脊髄の辺りに38口径を押し付けた。撃つ気はないがいつどのような行動をされるか分からないために牽制の意味を持たせたかった。

「…作業を止めて、貴方、ここの職員ではないわね」

ガチャガチャとしていた音がぴたりとやんだ。彼は作業をする手を止めたらしい。銃口を押しつけながら不審な動きをしていないか、彼の左側から覗き込んだ。

手元に広がっているのは様々な色の試験管だった。中身の薬品のせいだろう。一体どんなウイルスが入っているのか想像できなくて気持ち悪さがこみ上げる。

ふと、彼の手に握られている一本の試験管が目に入った。自然と引きつけられたというべきだろう。聞かなくても分かる、そのウイルスは世界でも希少価値なのだから―――そして、自分の身体の中で今も生きているものだ。

「………Gウイルス―――」
「…知っているのか」

やっと彼が声を出した。声にもやつれ具合が出ているように感じざるを得ない。哀愁と憎悪とが混ざったような空気を彼は持っている。自棄になりかけている、ディアナは瞬時にそのように理解した。

「それを持ってどうするの」
「……………」

彼の疲れきった目元に皺が寄る。隈が酷い。肌の状態も良くない。彼はそんなことには気は回す気はないのだろう、目だけがギラギラと燃えている。
黙ってしまった彼はディアナがどのような人間かはかりかねているのかもしれない。Gウイルスという、ラクーンシティとアンブレラの遺物を知る人間は少ない。一般人にしか見えないディアナが知っているということは、二択の人物描写に映っていることだろう。アンブレラの生き残りやそれに付随するウィルファーマの人間、もしくはラクーンシティから生き延びて裏からそれを追っている人間か。

「答えないのなら、私は貴方を撃たなければいけない」
「ウィルファーマの人間か?」
「あんな奴らと一緒にしないで」
「……」

38口径で脊髄を撃たれたら死なない可能性はあるが、確実に動くことはできなくなる。ゾンビでもない限りは失血で死ぬこともあるだろう。ディアナとしてはそんなことを生きている人間にしたくはない。それに、彼は恐らくウィルファーマに対して何かをしようとしている人間だ。違う側から考えてみれば、ディアナやレオン、クレアと同じような考え方を持っているのかもしれない。ウィルファーマの研究を盗もうとしている他の研究機関の人間である可能性も高いが、格好からしてそれはないだろう。

「…研究の服を着ないでこんなところにいるのは危ないと思うわ」
「それは君も同じではないのか?」
「そうね。一度場所を移しませんか?」
「―――ああ、いいだろう。ただし銃は捨ててもらいたいのだが」
「貴方がそのウイルスで何かをしないと約束してくれるのなら」

見たところ、ウイルスに侵されているようにも見えない。銃を置いたところで取られるつもりもない。

ディアナは銃をそっとテーブルの上に置いて彼を見上げた。「これでいいでしょう」と目で訴えると、伝わったのか彼は数秒ディアナとテーブルの上の銃を交互に見た後スーツケースにウイルスを閉まってついて来いというような合図をした。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -