-vaccine 04-

機械的に刻まれる機械的な音に意識が引っ張られた。ディアナはゆっくりと目を開けてみる。頭がまだズキズキと痛んでいる感覚があるが、意識を失った頃よりはましになっているような気がした。

起きたばかりでまだ身体はうまく動いてくれない。目だけを動かして、その部屋の様子を観察してみることにした。思った以上に冷静でいられるところからすると、まだ自分の脳の許容範囲内の状態であることがわかった。

自分の寝かせられている医療用だか研究用だかのベッドから左側の方には、ディアナを目覚めさせた機械がずっとリズムを刻んでいる。恐らく自分の脈拍だろう。左腕を少し動かしてみると、上の方にあるパックがパシンと金属製の棒に当たる音がした。点滴なのかそれとも薬品を投与されているのかは分からない。
まるで入院をしている人のような扱いに背筋が凍りそうだ。健康そのものの身体であるはずなのに何故こうして自分の左腕から傍らの機械にチューブが繋げられているのだろう。うすら寒い目的が透けて見えるようだ。

「……っ!!」

上腕に取り付けられていたものを取り、左腕がいくらか軽くなる。そのまま今度は肘のあたりに付けられた針を抜く。自分で自分の腕から針を引き抜くなど普通ならしたくないがそうも言っていられなかった。痛みがないように、そして無駄に怪我をしないように細心の注意を払って抜こうとする。
身体から無機物を引っ張ることはディアナにとっては卒倒したくなる程のものだった。それでも何とかあまりないはずであるのに感じてしまう痛みを我慢した。そればかりは褒めてやらなければならないだろう。

ここを抜け出すつもりのディアナからすれば、自分の情報になりそうなものは一つも残しておきたくない。血など残してもし見つかった時、どう使われてしまうかは身を以て理解しているつもりだった。
見上げてみれば、パックの中には血液が入っている。どうやら採血をしていたらしい。まだ少ししか溜まっていないことからも始めたばかりだったことがわかる。どういうつもりで採血を始めたのかは理解できないが、とりあえずこのパックは回収しておくべきに違いない。

ディアナはほんの少し入った、一見普通の人間の血を見て肩に入っていた力が少し抜けるのを感じた。他にも血を抜かれているかはこれから調べに行かせてもらうことにする。抜かれていたらきっと、既に検査は始まっている。

部屋には誰もいないが監視カメラはあるのだろう。こんな部屋に何もないということはあり得ないとディアナは思っている。
肩を回して凝り固まったどこかの骨が軋んだ音を上げるのを聞いて、ディアナは改めて部屋を見回してみることにした。

白いプラスチックかそれともあらゆる薬品に耐えられるような素材なのか、ともかく白いというのが第一印象の部屋だ。それゆえに自分の血の赤が浮き立って見える。広さはそこそこで、テレビで見るような手術室とそう大差なさそうだ。モニターの数は、自分の脈などを測っていたと思われる機械を入れて三台ほどある。見てみると使用されていないようだ。
それから薬品棚が両側の壁に沿って所狭しと置かれているし、その中の薬品もかなりの数がある。どれが何の効果を発揮するのかディアナは分からないが、扱いには気をつけねばならないものなのだろう。

モニターの一台は机の上に置かれていて、明らかに数値か何かを記録するものだとディアナは感じた。それと同時にこのような所には恐らくあるだろうものを探す。カメラに撮られていようがその物さえ探してしまえばこちらの方が優位になるだろう。
机の上をざっと見た後、引き出しに手を掛けて迷うことなく引いた。鍵が掛かっていないとは不用心も良いところである。書類が雑然と入っているところを見るとこの部屋の管理者は整頓が殊に苦手らしい。ガサガサと書類を動かしてみると―――目当ての物はすぐ見つかった。

(…オーバーキルじゃないかしら)

そこに入っていたのはディアナの予想を越える38口径だった。こんなところに銃があること自体おかしいとは思うが、恐らくこの施設においては自警が全てなのかもしれない。
この場所は恐らく施設の中でも機密事項に関わるレベルで守られているだろう、そのために他の会社のガードを置くわけにはいかないのだ。ディアナは22口径くらいで十分だとは思っているが、なかなかに用心深いというより用心深過ぎる人たちのようだ。当たり前といえば当たり前である。

血液パックをどこにしまおうかと散々悩んだが、結局しまうところは見つからない。引っ越しをすると言っても今日は新居に行くだけの予定であったし、何よりも“レオンに会えるかもしれない”という微かな期待がディアナに無駄に着飾ることを要求した。
白のシフォンブラウスは袖にかけてレースが付けられていて上品な程度にボリュームがある。また胸の下の辺りで絞りがあり、そこから下は数枚の生地が重ねられていて動くたびに揺れてこれもまた上品だった。会社でさえ滅多に着ないこのブラウスをただの引っ越しの日に着るなんてと自分で自分が信じられない気持だったが、それはそれで楽しいとも思う。その代わり少しは動きのある格好にしたいと(レオンの趣味はどうやら上品さと活発さの間にあるとディアナは見ている)いう気持ちもあって、下は七分丈のジーンズを履いている。
この格好は半分失敗で半分正解だった。上は白だったために、今までの動きでかなり煤けてしまっている。引っ掻いたような跡もあったりして仕事をする際に着られることはもうないだろう。高かったが仕方がない。だが下は動きやすいもので良かったのだ。こんな事態になるとは朝の自分は思ってもみなかっただろう。足首のところについているゾンビになってしまった人の返り血は最早乾ききっていたが、ディアナの表情は強張ってしまっても仕方がなかった。

そう、仕方がないことなのだ―――この事件も、こうして自分が巻き込まれていることも。
運命だと思って自分でケリを付けなければならないこと。それは自分が数奇な運命に翻弄され始めてからずっと感じていることでもあった。






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