それは、あの辺境の村で言われた言葉だった。

「貴方はあの子を守ることができるの?」

その時は全ての糸を引いているウェスカーの元でスパイをしていた、因縁の彼女―――エイダが俺に向かって言ったものだ。

たった少しの間だったとはいえ、俺とディアナ、エイダはラクーンシティで行動を共にした。そして、偶然なのか必然なのか運命なのか分からないが、俺たちは一年前に再会した。

「ああ、もう迷うことはない」

この腕に抱いた、彼女の少し低い体温を忘れない。彼女の細い体をこの腕は覚えている。何年も一人で、誰に泣き言を言うでもなく頑張ってきた彼女の気高さを失わせたくない。
俺は散々迷っていた。ディアナを守ることが、できるのか。彼女のことを知っている“つもり”のあやふやな覚悟を知っていた。自信がなかった。己の腕もそうだが、何より彼女より心が強いという自信が。

事件から数年、必死に鍛えてきた。様々な事件に関わって来て、その中でディアナのことを想わないことがあっただろうか。俺はきっととてつもない社会に対する偽善者で、「ウィルスを世界から消滅させる」と言いながら、言葉の奥にあるものは「ディアナが気にせず生きられる世界の実現」なのだ。
会うと実感する、俺の中は彼女でしか満たされないと。

-vaccine 03-

「ディアナ、傷が痛むの?」
「えっ?」

ウィルファーマやワクチンのことについて考えていたら、心ここにあらずの状態になっていたらしい。クレアが覗きこんでいることにも気付かなかった。
ディアナは大丈夫だよとだけ言い、また考える。
ワクチンは開発にかなりの投資が必要だ。研究者自身への影響もあるためにリスクも非常に高い。万全のセキュリティを以て始めなければならない。その投資は成功すればワクチンは市場に出回り、研究費は回収できるし、もしかしたら利益も出て次の研究に回せるかもしれない。失敗すれば下手したらバイオハザードが起きるし、会社の信用も失墜する。アンブレラがその良い例だった。

ウィルファーマは既にワクチンの開発に成功している。それも、t-ウィルスのものだ。世界的には元から抗体を持っている人以外には対処しようがないもので、ひとたび生物災害が起きれば街一つ、国一つを滅ぼすことができる兵器である。
そんなワクチンで、ウィルファーマだけが技術を持っているとすれば、高値で取引されることは容易に想像できる。しかもまだ市場には出回っておらず、レオンの話から推測すれば、まずその相手は合衆国政府となる。研究費の回収は簡単にできる。

ディアナはウィルファーマが白の会社とは全く考えていない。どう考えても裏がある。そう思うのは、恐らくt-ウィルスという裏の流通物を扱ったというところがあるからなのだろう。t-ウィルスをどこから手に入れたのかが問題なのである。それが合衆国なら信用たる企業ということになるだろうが、合衆国でないのなら完全に裏ルートから手に入れていることになる。裏ルートとはアンブレラ系列で間違いないのだ。ウェスカーが絡んでいたら、特に危ない。完全なアウトである。

フレデリックも簡単に信用してはならない人物だろう。彼がワクチンを率先して開発したのだろうから、研究を統括していたに違いない。どこで誰と繋がっているかわからない。

「とりあえずディアナは病院に…」

クレアが言いかけた時、外から明らかに爆発の音がした。三人とも入口の方へと小走りになる。
バサリとレオンが入口の部分を払い、その隙間からクレアとディアナが出る。すぐそこにはアンジェラが立っていた。彼女も何が起きたのかは理解できていないようだった。戸惑いが少し読みとれる。

「行こう」

レオンがアンジェラの背を叩き、彼女を促した。小さくうなずいてアンジェラも走り出す。その後ろをクレアとディアナが続き、一同は炎が燃え盛る場所に出た。あちこちに火が移り、現場も混乱している。消化器を求める声や人々の戸惑いのざわめきも炎の勢いに消されかけていた。

フレデリックが呆然とした様子で何かを見上げていた。その視線の先には一瞬にして黒こげになったのであろうトラックがある。

レオンが真っ先に彼の元に駆け寄った。

「何があった?」
「ワクチンが…」

信じられない、とフレデリックはそれだけ言うと再び視線をトラックに戻した。要するに、彼が見ているトラックには開発したワクチンが詰まれていた。そのワクチンは突入する兵やこの場にいる人間のために持ってきたものであり、この様子では感染リスクが高まったということになる。

「残っているのは」
「社内にあったものをかき集めて、全部持って来たんだ」

(何てこと…)

ディアナはフレデリックの言うことに言葉を失った。いくら信用ならないとはいえ、大多数の為に開発されたワクチンがこの一瞬で全て灰になった。たとえ一分で火を消せたとしても、もう使い物にならない。

誰が火をつけたのかも気になるところだが、ウィルファーマの研究の邪魔をしようとするのであれば、潰すことでもっと効果的なものがある。

「…ワクチンの製造データは…」
「…!あれも狙われる?」

ディアナが眉間に皺を寄せつつ尋ねると、フレデリックは驚きの表情になった。まさかという様子だが、テロであるならば大元を狙うこともある。

「奴らの要求は一体何なんだ!」

悩む表情になったフレデリックの隣に、上院議員が現れた。自分を突き落とし怪我をさせた張本人の登場にディアナの顔は一瞬険しくなった。だが今はそれを問い詰めるべき時ではない。

テロリストはウィルファーマに反対意識を持ってテロを行っているのは明らかである。そう考えると、立場的にはテラセイブと同じということになるだろう。テラセイブが求めているもの、それは情報公開。

「答えられないなら直接大統領に聞いたっていいんだぞ」
「―――真実だ」

レオンが少し間を置いてから仕方ないといった風に答えた。議員は自分の立場を狭くする発言をしているが、気付いていない。

「真実?」
「そう、真実だ。アンブレラのt-ウィルスをはじめとするウィルス兵器、その製造に当時の政府が関与していた事実と関係者の公表だ」

ちらりとディアナに目を向けてからレオンは詳細を話す。
アンブレラと政府の関与は迅速なラクーンシティ壊滅の核で明らかになったといっても過言ではないのだ。何の調査もなしに(恐らくは内密に行ってはいるのだろうが)、事件のさ中に問答無用で核爆弾を“滅菌作戦”と称して落としたのだ。これで死んでしまった人も多いと聞いている。

ディアナやレオンは滅菌作戦のときには既にラクーンシティにはいなかったが、クリスの同僚のジル・バレンタインはその攻撃をぎりぎりで回避し、その時の様子を後に語ってくれた。

「政府が関与したって…本当なの?」
「証拠はすべてラクーンシティとともに消失した」

アンジェラは初めて聞いた事実に動揺を隠せなかったらしく、目が丸く見開かれていた。

「消滅したんじゃない、もともとなかったんだ、そんなもの!」
「テロリストはそう思ってるわけがないわ。私だって信じてないもの」

反論する上院議員に冷たい一言をディアナが浴びせる。レオンに肩を軽く叩かれ、落ち着くように促される。ここで下手に情報を出してしまうと危険になるのはディアナなのだ。上院議員はディアナのことを“ラクーンシティ崩壊に立ち会った一般人”としか見ていない。

「…それを公表しなかったらどうなるの?」
「アメリカ各地でt-ウィルスがばらまかれる。タイムリミットは午前0時」

クレアがやっと声を出したが、レオンの回答は一同を凍らせるものだった。

「あと四時間しかない」
「ワクチンもない!」

先ほどの惨劇がアメリカのあちこちで起こってしまうことなど想像できないし、したくない。

「場所の特定と人物の特定は…」
「全力を挙げて捜査しているが、まだ尻尾を出さない」
「…見当はついているのね」
「ああ。だが確証がない。それに、実際にテロを起こす人間は個人だ。そっちの方の人間の特定が難航している」

レオンとディアナの会話に呆気にとられる議員やフレデリック、アンジェラだった。会話がまるで警察のそれだ。

「あの…一人なら、心当たりがあるけど」
「誰だ?」

クレアが再び二人の会話の中へと入ってゆく。

「空港に最初に感染者が現れた直後だったわ。…ロビーで、カーティス・ミラーを見かけた。テロリストの要求が、ラクーンシティで起こったことの真実の公表なら、もしかして彼が―――」

カーティス・ミラーはつい最近までテラセイブに所属していた人間だ。クレアは知っている。彼がテラセイブに参加しているのは、彼がラクーンシティで家族を失っているからだ。そのため、人一倍バイオ関係の事件には憎しみを抱き、根絶させようという意思が高かった。
クレアの頭に、いつものテラセイブの中で必死な表情で取り組んでいたカーティスが浮かんだ。

「そんなはずないわ…」

細々とした声に全員の意識がそちらに向いた。クレアももちろんその方向を見る。アンジェラが首を横に振って、否定の意を表そうとしていた。

「カーティス・ミラーは…私の兄よ」

確かに彼女の名前はアンジェラ・ミラーだったと、レオンは心の中で書類の一番上に書かれた彼女のファミリーネームを思い出した。

 




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