(でも、大規模工場は何の為に建てるの?テラセイブはその内容を知りたくて反対運動をしていたのよ。例えt-ウィルスのワクチンであっても、ワクチンを作るには現物が必要…反対だってするわ…) クレアの隣に座ってディアナは考える。 ワクチン研究に欠かせない現物のウィルス。自分がそれで追われているから分かることでもある。 何が効くのか、何で構成されているのか、それを見極める為にウィルスの培養も必要…培養するということは、ウィルスの株が必要なだけ増えるということだ。それだけ感染のリスクも高まる。 幸いというか、不思議というか、ディアナの体内に残るウィルスは母体であるディアナには今のところ害はない。このウィルスが活発になると、とんでもない早さでの進化が行なわれる。 腕に目玉が飛び出す、バランスの悪い左右の腕の大きさ、そして肥大した身体―――体内のすべての細胞を作り変えながら進化を続ける。 ところが、害がないどころか益にしかなっていないのだ。怪我をすれば痛みは30分から1時間でなくなってしまうし、傷も残らない。自然治癒であるとはいえ、傷が癒えるスピードは早い。ディアナにもともとあったウィルス抗体と上手く牽制しあっているから、都合の良い回復能力に結び付いているのだとディアナの両親は言う。 「私たちが被害を拡大させていたなんて…」 「それは違う」 「…クレア…大丈夫よ、テラセイブが悪いんじゃないわ」 情報を知らないことは恐怖に繋がる。世界的に知られた恐ろしいウィルスがあるからこそだ。 「悪いのはウィルスを使った奴らであり、何より、それをつくった奴らだ」 レオンが淡々と告げる。ディアナは彼の方に顔を向け、あまり普段と変わらないような表情の中に怒りと哀しみがあるのを見た。クレアは俯いたまま、黙ってそれを聞いている。 「7年前、俺たちの人生は一変したんだ。アンブレラのせいで…」 今も鮮やかに思い起こすことができる、忌まわしい記憶。三人それぞれで見方は違うかもしれないが、戦いの始まりの記憶としては同じものだ。 燃える街、そして数日後に滅んだ映像、研究と最終目的の真実は全て消え去った。 銃の冷たさ、“ヒト”を撃つ感覚、様々なものがその街にはあり、そして消えていった。それぞれの心に傷跡だけをしっかり残したまま。 「アンブレラは崩壊した…だが、ウィルスは今も増え続けている」 「t-ウィルスの他種のベロニカ・ウィルス…プラーガ…もしかしたら世界ではまだまだ未知のものが生まれているかもしれない…」 「俺は必ず、ウィルスを消滅させる」 レオンの決意に満ちた声に、クレアが顔を上げた。彼は戦う道を選んでいる。自らが経験したことを、これ以上他の誰かに経験させるわけにはいかない。人災ウィルスに対する哀しみも憎しみも怒りも、本来であれば人間は感じなくていいのだから。 「クレア、君は救済の道を選んだ。それは俺や、君の兄さんには選べなかった道だ。君は間違っていない」 「大丈夫、クレアの活動で救われている人は大勢いる。誰もが戦ったらこの世は戦場になる。それを癒すことも必要だし、その道を進めばいずれ根源からウィルスを否定する人たちは増える…私には、逃げるしか手がないもの。羨ましいわ」 ぽんぽんとクレアの背中を軽く叩きながらディアナが笑みを浮かべる。聖母のようだとクレアはぼんやり思ったが、訂正しなければならない言葉がある。 「ありがとう二人とも…。でも、ディアナ、あなたが逃げることで今はt-ウィルスだけで済んでいるの。忘れないで」 「そうだ。君が世界のウィルス研究の足止めに一役買っていることをちゃんと覚えておくんだ」 二人に言われて、今度はディアナがきょとんとする側となったが、すぐにお礼を言った。こんな仲間と一緒にいれることがどれだけ心強いか、よく分かったような気がした。 「……さっきから思ってたけど、ディアナ」 「え?」 「あなた、怪我は?」 「…痛み止め、打ってもらったから大丈夫」 「そう…それで済んで良かったわ」 クレアに力の限りに抱きしめられても、痛むところはほとんどない。やっと安心できた感覚になり、ディアナはホッと息をついた。クレアの方が何だか疲れていそうで、子どもをあやすように今度は背中をさする。温かい。 クレアにも嘘をついてしまったと、少しバツの悪い顔をレオンに向けた。「大丈夫だ」とレオンは顔を傾けて頷いた。 「ラーニーも大丈夫だった?」 「ええ…特に怪我もなかったから、検査が終わったら叔母さんのところへ行けるはずよ」 「良かった…」 小さい子どもが巻き込まれる。そんな世界で果たしていいのか、いつまでたってもその疑問は解決されないままだった。 (ウィルスなんか、誰の幸せにもならないのに―――) 生み出した科学者たちは、一体何を考えているのだろう。世界は分からないこと、そして理解したくないことで溢れているのだと再認識させられる。 いつだって被害を受けるのは立場の弱い普通の人ばかりだ。クレアの肩口に額を押し付け、ディアナは祈るように目を閉じた。 |