レオンは私のことを「人間だ」と言ってくれる。
それは、クリスもクレアも―――私のことを知っている人はみんなそう言ってくれる。

でも、私には信じられなかった。どう考えても私は化け物だと、そう感じざるを得ないのだ。
彼らには言っていないけれど(知っているかもしれないけど)、何度か大怪我をしたことがある。そのときも30分ほどで痛みや出血は引いてしまう。初めてそれを感じたのはユタの実験施設だった。あの時はそのことが信じられなくて気分が悪くなり、結局ぐったりしたままだった。南極でだって、私はアレクシアと対峙して大怪我を負った。それでもアメリカ大陸に到着するころには回復して、体を動かすことができた。ロス・イルミナドス教団の時だって、レオンやアシュリーと離れて動いていたときに―――。もう、思い出すのは止しておきたい。これ以上思い出したら、自分が化け物だと再確認してしまいそうだ。

信じたい。それでも普通の人間であることを。

レオンの後ろに着いて、クレアの声がする方へと歩く。ほら、もうこんなにしっかり歩ける。ここに到着した時は痛みで少しも動くことができなかったのに。

-vaccine 02-

「大丈夫か?」
「平気よ」

ディアナは未だに心配そうなレオンに向かって苦笑しながら答えた。たまにピリッとした痛みが走るくらいで、動けないわけではない。
あの大怪我を負ってから既に1時間近い時間が経過していた。頭の方も今のところは問題はない。しばらく痛みが続いていたのは脳震盪に近い状態だったのだろう。外傷からの痛みではないに違いない。
とにかく、現在のディアナの状態は傷口や痣が残るものの、痛みはほぼ引いたといったところだった。

「議員は君の状態を知らない。だが―――」
「一緒に逃げた人がいたら、私はすぐに中に引っ込む…、でしょう?」
「ああ」

レオンの背中の辺りの服をギュッと掴んで、そういう人がいないことをディアナは祈った。大怪我をして命の危険にもさらされていたような人間が、たった1時間で歩けるという異常な光景を目にしたら、きっと疑うだろう。この人間は一体何者だ、という。そこからディアナの情報が漏れる可能性もある。
レオンは後ろにある体温を感じながら、前を向いた。自分にできることは、今は彼女を守ることだ。

外に出ると、すぐにクレアの姿を見つけることができた。目立つ髪、夜に映える白い服がその目印だった。彼女自身の持っている雰囲気もあるかもしれない。

「いったいどういうことなの?何故ウィルファーマの薬が運ばれてくるの?」
「ワクチンですよ」

「…ディアナ?」
「……っ」

聞こえてきた声は、クレアのものだけではなかった。優しげな声、昼間―――到着してすぐに聞いた声に似たものに、ディアナの肩が跳ね上がった。思わずレオンの背に隠れ、ぴたりとその背に体をつけてしまう。
それはまるで子どもが恐いものから隠れるような動作だった。
レオンは顔だけディアナに向けて尋ねてみるが、ディアナは下を向いたままふるふると頭を横に振るだけだった。

「どうした…?」
「…いや、あの人…」
「……ウィルファーマの主席研究員か?」
「…やっぱり…」

少々遠く、暗いために見えづらかった。レオンは目を細め、情報を得ようとした。すると、人の良さそうな人がクレアの元に近づいて行くのが見え、それがフレデリック・ダウニングだと気付いた。

「あの人に何かあるのか…?」
「わからない、けど…」

嫌な感じがしたから、とディアナは言ってレオンの背から手を放した。トン、と軽く背を押されてレオンは驚いた表情になった。ディアナは掴んだり突き離したり、気持ちが落ち着いていないのかもしれなかった。

レオンの推測は当たっていた。ディアナは何を信じれば良いのか分からないでいた。
優しい声音、“ワクチン”という正しい響き。それらはどう考えても善人が口にすることだろう。だが、レオンの口から出た“ウィルファーマ”は自分が警戒すべき相手なのだ。ウィルファーマとは一体何をしているのか、その中身が見えてこない。

「ここで待ってるか?」
「………ううん、行く、よ」

クレアが一人でいるのだ。彼女を一人にするわけにはいかない。ワクチンとは恐らくT-ウィルスのワクチンだろう。その真実も知りたい。

「…じゃあ行こう。クレアが心配だ」
「うん」

レオンはフレデリックの名前を出したことからも、きっとウィルファーマについて何か知っている。だが、それを今聞けるような状況ではなかった。

テントから出ると、少し涼しい風が頬を流れた。

「…あなた、大丈夫なの?」
「……っ!」

レオンと歩いていると、あるテントの横に立っていたアンジェラがこちらに気付いた。ディアナはどうすべきかレオンを見上げるが、レオンは静かにアンジェラを見た後、ディアナに振り向いて小さく頷いた。アンジェラは信用できる、そう言っている。

「怪我が酷いんじゃ…」
「痛み止めを打った。骨も折れているわけではないし、大丈夫だ」

心配そうにディアナを見るアンジェラは、とても優しい女性なのだろう。同僚のグレッグがいなくなって、悲しいはずなのに。
ディアナはありがとうと微笑み、レオンから離れてアンジェラの腕にギュッと抱きついた。二人とも驚いた表情になったが、アンジェラは泣きそうになりながら前を向き、レオンはディアナの頭を撫でた。
少しでも仲間はまだいるのだとアンジェラに感じて欲しかった。そして、助けてくれた感謝を伝えたかった。






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